半熟三昧(本とか音楽とか)

半熟ドクター(とはいえ気がつくと医師20年選手だけど)の読んだ本とか音楽とか

『生涯投資家』村上世彰

オススメ度 100点
いたたまれない度 100点

生涯投資家 (文春文庫)

生涯投資家 (文春文庫)

私の目指してきたことは常に「コーポレート・ガバナンスの浸透と徹底」であり、それによる日本経済の継続的な発展である。

なんというか、読んでいていたたまれない気持ちになった。
21世紀に入り、僕が社会人になったころ、ITバブルだったりしてサイバーエージェントライブドアが世情を席巻していた。逮捕される前のホリエモンは今太閤のようだった。
その頃に、金融・経済界では「村上ファンド」と言われた村上世耕氏が話題となっていた。

村上世彰氏は、高校の先輩であることもあり、多少なりと親近感をもって見守っていたが、ホリエモンと村上氏は、フジテレビの件と阪神タイガースの件で日本の旧来の経済層の警戒心を持たれてしまった挙句、はっきり言ってしまうと、排除されたような形で逮捕されてしまう。
その後ホリエモン実刑判決、収監され釈放後、活躍している。
一方村上氏は日本での投資ファンド運営を断念し、シンガポールに渡り、投資家として活動している。
ホリエモンは独身でもあり、性格的にもバッシングにも平然としていられるタイプだが、村上氏は、家族もおり、自らの生活を守るためにシンガポールに渡ったのも無理はない。

村上氏の主張は常に明快だ。バブル時代のわけわからない日本の金融・経済界の悪弊を、グローバル標準に近づけていこうという主張は一本筋が通っている。
ただ、だからこそ、痛い腹をさぐられたくない人たち、旧来の慣習にしがみついていた人たちからは、蛇蝎のごとくに嫌われた。そして、村上氏も、そういう旧来の商慣行や人脈を使って搦め手から攻めて行くような迂遠なやり方をせず「正義は我にあり」という感じで、正面からやりあった。*1
そして、アンシャンレジームに足を取られて反則負け。
この本は半ば氏の回顧録のようなものだが、エピソードに残るものは、やはり旧来の既得権層からわかってもらえずに敗退するパターンが繰り返し語られている。

結局のところ、現在の日本は、村上氏が問題視した部分を改良して、現在に至る。
そうした現在に至るまでには、いろいろな人があるべき姿を志向してきたのは間違いない。その中に、尖兵としての村上氏の功績は少なからずあると思うけど、悪者扱いなのは、本当に気の毒だと思う。
ヨーロッパ宗教改革でいうとヤン・フスのような役割を、村上氏はになった。

力も資金もあり、正しいことを推進していても、そのアプローチが反発を招くようなものであれば、
「見たい現実しか見ようとしない」有象無象にありとあらゆる手段で潰されてしまう。
というのが、日本の社会の現実である。ということを僕たちは村上世彰さんから学ばなければいけない。

私も、もっともっと必要以上に謙虚に動かないといけないんだなと思った。
改革というのもゆっくりと進めないと、命を賭けて阻止する人が現れる、というのも現実だ。

*1:こういう愚直さは、ちょっと灘っぽいのかもしれない…頭のいい人同士だったら、話し合ったらわかってもらえる、ということは結構あると思うが、世の中には道理が見えている人ばかりではないのだから。

『ビブリオ漫画文庫』

オススメ度 60点
古本文化の蓄積あなどりがたし度 100点。

ビブリオ漫画文庫 (ちくま文庫 や 50-1)

ビブリオ漫画文庫 (ちくま文庫 や 50-1)

  • 発売日: 2017/08/07
  • メディア: 文庫

私の住んでいる街の少し近くに倉敷市がある。
昔から商都として栄え、今も古い家並みが美観地区に残る。
大原美術館など文化資本蓄積も多い粋なところだ。

この街で年に一度『倉敷ジャズストリート』というイベントがある。
数年前から参加させていただいていたのだが、今年はコロナで、いつも通りの開催はできなかった。
しかし主催者のアベニュウ店主松本さんの尽力で、今年は無観客動画配信での開催にこぎつけたのである*1
www.jazz-street.com
私はStay Blueというバンドで出演*2した。
そのために11月1日倉敷美観地区に赴いたのである。
出番は20分だが、無観客動画収録は、普段のライブとも違いかなり疲れた。
終わってやれやれと肩の荷をおろした気分になり、美観地区の名古書店蟲文庫』に立ち寄った。
mushi-bunko.com

最近の私は、実用性の高い本はKindle一本やりで購入している。
が、雰囲気のある古書店は、やはり人生を豊かにするのだなあと、考え直した。
古式ゆかしい店構え。静謐でほんのり趣味性の高い音楽がかかった、少しだけ埃くさい空間は、古本屋でしか体験できないものだと思う。*3

数冊適当に選んで*4そのうちの一冊がこれだった。

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ちなみに残りの本はこれ

ちくま文庫の、古本とか本に関する漫画のアンソロジー
冒頭は『コーヒーもう一杯』が印象的な山川直人の『三丁目の夕日』っぽい人情噺。*5
そのほか、つげ義春つげ義春っぽいし、水木しげるは水木らしく、諸星大二郎は諸星っぽい、本に関する不思議な話が続く。

* * *

アンソロジーなので、全体としての読後感はあまり強い印象を残さない。
が、昭和の古本を取り巻く時代状況がうかがい知れてよかった。
本というのは、こうでなくちゃいけない。

やたら高価な初版本や、レアな全集が高値で取引される現状は、しかし例えばどんどん過去のアーカイブKindle化されたりすると、後者については価値を大きく減損することになるんだろうな、とは思う。
だが、例えば今やCDよりもレコードの方が売れている時代だったりもするわけで、もう10年20年も我慢していたら、状況はまた変わってくるのかもしれない。
初版本などのプレミア、著者のサイン入り本などのブランディングは案外長続きするのかも。どうなるんだろう。

*1:このあたりの舞台裏は、私も直接は関わっていないが、苦労と試行錯誤の連続で困難を極めたようである。

*2:この話はまた別のところで書くかもしれない

*3:そういえば中井久夫先生が、エッセイで、コケというかカビというか、そういうものの効用を書いていた気がする。コケやカビには鎮静作用があるのではないか、という話

*4:こうやって好きな本を適当に買うことに躊躇いがない程度には収入があるのは、心底ありがたいと思う

*5:三丁目の夕日の人も、後半でてくる

『読書を仕事につなげる技術』

オススメ度 90点
山口さんもKindleで漫画読むんだと安心した度 90点

今まで山口周さんの本はどれもよく、超オススメと心から言えた。
halfboileddoc.hatenablog.com
halfboileddoc.hatenablog.com

今回の本は、値段がやや高い、そしてその割に私にとっては得るところは少し少なめの本だった。
しかし平均以上にはいいんですけどね。

この本は、いわゆる仕事人のための読書術。

著者が得意とするマーケット関係の本の紹介は非常に役に立つと思った。
オススメ書籍を網羅するためだけに買っても無駄ではないとは思います。先に言っておきます。

ただ、読書術としては、僕はもともとかなりの本読みなので、そこまでは心は動かされなかったのも事実。
読書術としては、佐藤優氏の『読書の技法』が自分の中では、取り組んでみようと思わされるものだった。
halfboileddoc.hatenablog.com

でも、教養に自信がないビジネスパーソン。逆に本好きな大学生だけど、社会に出て行くのに不安な学生には、とてもいいかもしれない。私も学生の時分にこの本があったら、逡巡がずいぶん減ったかもしれない。

社会人として大成するのは、努力でも根性でもない。*1
自己分析と戦略立案。そしてフィードバック。書物などで得た知識と現実との擦り合わせ。
その繰り返しであると思う。

「どう努力すべきか」という努力のベクトルは、先人の経験が道しるべになる。
その意味で、山口氏の足跡ややりかたというのは、多くの人のロールモデルになり得るものだと思うし、才能よりも、きちんと正しく勉強していればゴールにたどり着ける、という方がずっとフェアで元気がでる。

以下、備忘録

*1:もちろん努力も根性も必要だし、それで乗り切ることもできる

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『天地創造デザイン部』『絶滅酒場』

オススメ度 80点
「クリエイターもの」とでも言えばいいのか…度 100点

絶滅酒場(1) (ヤングキングコミックス)

絶滅酒場(1) (ヤングキングコミックス)

ちょっと似たテイストの漫画二つ。

天地創造デザイン部』は、主人公は、神様からの依頼をうけて、新しい動物を作り出す「デザイン部」のお話。

神様の依頼、例えば「馬を空飛ばして…」みたいなお題をもらって、設計する→不備な点が見つかり、修正してゆく→最終的にはこの回は「馬でなくていいからとにかく飛ばして…!」みたいにクライアントの神様が妥協して、結局「キクガシラコウモリ」に着地。
みたいな、そういう動物を、実際の進化の過程とは別に、妄想ストーリーで、あちこちをデザイン削ったりくっつけたり、色を変えたりして、実在の動物に(結果的に)着地するさまが非常に面白い。
簡単そうに見えるけど、比較解剖学とかにも詳しくないといけないし、それなりに知的好奇心が喚起されて楽しい。
シリアスなテーマにも関わらず、クリエイティブ部っぽい、ゆるい雰囲気の登場人物たちのやりとりも面白い。
割と黄金パターンを作れちゃったので、この形式で延々漫画は続くことはできそう。

* * *

『絶滅酒場』は、もう絶滅してしまった動物たち(の魂、なんだろう、多分)が寄りあつまる酒場。
まあ、行ってみれば、負け犬もやさしく包んでくれる*1酒場、みたいなコンセプトですよね。
女将の優しさが身に沁みる…的なやつ。

少しあっさりした画風に、ディアトリマ(ナウシカのトリウマみたいな動物)、スミロドン、ティラコスミルスとか、絶滅動物に、勝手に性格を付与して、酒場を中心の人間(?)関係のやりとりを描いている。

絶滅動物に詳しい人には結構楽しいのかもしれないけど『天地創造デザイン部』よりは、うんちく度が高くないので、さらりと読める感じがある。

*1:進化生物学からいえばね。

『戦中派不戦日記』山田風太郎

オススメ度 100点
価値観の転倒…度 100点


シニカルな文筆家、山田風太郎忍法帖シリーズや、魔界転生などの奇想小説でも有名だし、『人間臨終図巻』なども有名である。
そんな山田風太郎は、肋膜で丙種合格で徴兵にならず、医学生として東京→山形→長野と疎開していた。
これは昭和20年の元旦から大晦日までの日記。

緒戦の連勝はどこへやら、昭和20年にもなると、敗戦の影が徐々に色濃くはなってくるものの、物資耐乏と、軍需施設への爆撃程度だった。しかし徐々に大都市への無差別爆撃が始まり、都市住民は右往左往し、日常生活が徐々に狂ってきて、恒常性が失われた廃墟での生活。非日常の中で、起こる色々な出来事。
終戦直前には、敗戦の覚悟をしつつ、しかし悲壮な覚悟で戦い抜こうと檄を飛ばしていたさなか、敗戦の報を聴き、虚脱。
その後のアメリ進駐軍や、それに媚びへつらう人々のさまを、冷めた目で見守る。新しい日常生活が、廃墟の中で始まる。

あとになって振り返ると、どうしても記憶を改ざんして美化してしまうのは人の常だ(妹尾河童の少年Hとか)。終戦直前直後に腹を立てて書いたものが、かえって真実の息吹を伝えているものである。日記なので拙さは見受けられるが、甚だリアルな感情の揺れ動きがうかがえる。

文筆家になるつもりはない本好きの医学生の、リアルな日記としても面白かった。さすがにクオリティは高い、後代小説家になるのも無理はないと思った。


読んで一番印象的だったのは、価値観の転倒。
信じていた、依拠していたものがガラガラと崩れ落ちるということは、ここ最近個人的に体験したことでもあり、戦中、終戦末期の揺れ動く感情と、降伏、その後の終戦後に人々の行動の変わりように、深く共感してしまった。諸行無常感だよね。

山田風太郎シニシズムは、こういう人生の苦さから醸成されたものだとは思う。
ただ、同じような世界をくぐり抜けても、屈託のない人格を戦後も保ち続ける人もいる。これは、徴兵にも引っ掛からず、戦時には最劣等と評価され、傍観者としてしか存在できなかった、という不全感も多分に影響しているのかもしれない。
現象からどんな教訓が引き出されるかは、やはりパーソナリティーによるものかもしれない。

部下のやる気を引き出すワンフレーズの言葉がけ ペップトークで不安を消す

オススメ度 90点
わかりやすい度 100点

Kindle日替わりセールだったかも。
最近のビジネス書はよくできていて(皮肉)、表紙を見れば、本が言いたいことがわかるようにできている。

ペップトークとはpep=元気付ける、励ますという言葉らしい。
「よいしょ術」という風に考えるとわかりやすいのではないか。よいちょまる術!
もちろん「ヨイショ」というと部下が上司をスポイルする時にかける言葉であるわけだが、そうではなくてあらゆる関係性のなかで、肯定的な言葉がけをすること。この本では上司→部下という関係性に特化してまとめてある。

上級者とは「どんな場面で、どんな言葉を発すればいいかをたくさん知っている人」であり、必ずしも文法や理論を深く知っているとは限らない(知らなくていい)。

この本も理論は最小限。

ペップトークの4つのポイント:
・事実の受け入れ
・とらえかた変換
・してほしい転換(肯定系での言葉がけ)
・背中のひと押し

これだけ。
「Yes & Better」=肯定+アドバイス

で、この本はどちらかというと困ったシチュエーションごとのHow Toが延々書いてある。実践的だね。
パラパラ読んでおいて、困った時に読み返す、という目的でもかなり使いやすそう。
一つ一つの項目は、しごく当たり前。そらそうやろ、と思うようなものばかり。

だけど、いつでも、どんなシチュエーションでもこういうことがさらりと当たり前にできていたら、そりゃ上司力としてはとんでもないものになるよなあ、と思う。マナーブックとかでもそうだよね。

ビジネス書には様々なノウハウがあるのだけれど、それぞれラベリングして、インデックスをつけておきたい気がする。
ユマニチュードは感じのよさを身につける術
ペップトークはよいちょまる術
レジリエンスはしぶとい術
halfboileddoc.hatenablog.com
ものの頼み方術
halfboileddoc.hatenablog.com
メモ術 これは「メモの魔力」の方がメジャーかもしれない。
halfboileddoc.hatenablog.com


みたいに。
おいおい掘り起こしてインデックスを作っていこう。
最近思うのは、新しい本をこれ以上読んでも、自分の完成度は上がらないということ。
読みっぱなしで変わるには限界がある。
行動を改変できうる、いい本を身近において何度も読み返す方が、ジワリと完成度があがるような気がしている。

『古墳の古代史』

オススメ度 60点
専門向き度 80点

なかなかいい本だとは思ったが、ターゲットの設定が、僕の思っていたのと違ったみたいだ。

特に邪馬台国古墳時代の日本古代史の部分はわかっていないことも多くて、だからこそ、史料を無視して「オレ説」みたいなものを開陳するのが多い。亡くなられた梅原猛翁も、著作は好きだが、そういう傾向もある。

そういう意味で、現時点での史料に基づく事実ベースを入門書で著しておきたいというのはわかる。
この本は多分そういう本。

序盤で「渦巻き」という抽象的な概念をもちだして、未開地域だらけの古代における政治情勢をうまく言い表したところまではわかった。
しかし、結局古墳、古代墳墓の時代と地域による違いについて、丁寧に一つずつ紹介しているのはいいのだが、正直にいうと、僕たちは古墳の専門家になりたいわけではない(その期待需要は 100人もいないと思われる)。
なので、素人として俯瞰するためには、一つ一つの古墳に対する詳細な説明ではなく、傾向と原則を俯瞰できることだろう。
正直、そういう点に関しては弱いと思った。

一般化、普遍化が難しいのかもしれないけれど、そういう本が読みたかったなあ。
後半には中国の王墓も詳しくとりあげられており、この分野はきちんと読み込んで行けばかなり面白いんじゃないかと思う、もうちょっとこれより入門編が読みたい。