半熟三昧(本とか音楽とか)

半熟ドクター(とはいえ気がつくと医師20年選手だけど)の読んだ本とか音楽とか

『戦中派不戦日記』山田風太郎

オススメ度 100点
価値観の転倒…度 100点


シニカルな文筆家、山田風太郎忍法帖シリーズや、魔界転生などの奇想小説でも有名だし、『人間臨終図巻』なども有名である。
そんな山田風太郎は、肋膜で丙種合格で徴兵にならず、医学生として東京→山形→長野と疎開していた。
これは昭和20年の元旦から大晦日までの日記。

緒戦の連勝はどこへやら、昭和20年にもなると、敗戦の影が徐々に色濃くはなってくるものの、物資耐乏と、軍需施設への爆撃程度だった。しかし徐々に大都市への無差別爆撃が始まり、都市住民は右往左往し、日常生活が徐々に狂ってきて、恒常性が失われた廃墟での生活。非日常の中で、起こる色々な出来事。
終戦直前には、敗戦の覚悟をしつつ、しかし悲壮な覚悟で戦い抜こうと檄を飛ばしていたさなか、敗戦の報を聴き、虚脱。
その後のアメリ進駐軍や、それに媚びへつらう人々のさまを、冷めた目で見守る。新しい日常生活が、廃墟の中で始まる。

あとになって振り返ると、どうしても記憶を改ざんして美化してしまうのは人の常だ(妹尾河童の少年Hとか)。終戦直前直後に腹を立てて書いたものが、かえって真実の息吹を伝えているものである。日記なので拙さは見受けられるが、甚だリアルな感情の揺れ動きがうかがえる。

文筆家になるつもりはない本好きの医学生の、リアルな日記としても面白かった。さすがにクオリティは高い、後代小説家になるのも無理はないと思った。


読んで一番印象的だったのは、価値観の転倒。
信じていた、依拠していたものがガラガラと崩れ落ちるということは、ここ最近個人的に体験したことでもあり、戦中、終戦末期の揺れ動く感情と、降伏、その後の終戦後に人々の行動の変わりように、深く共感してしまった。諸行無常感だよね。

山田風太郎シニシズムは、こういう人生の苦さから醸成されたものだとは思う。
ただ、同じような世界をくぐり抜けても、屈託のない人格を戦後も保ち続ける人もいる。これは、徴兵にも引っ掛からず、戦時には最劣等と評価され、傍観者としてしか存在できなかった、という不全感も多分に影響しているのかもしれない。
現象からどんな教訓が引き出されるかは、やはりパーソナリティーによるものかもしれない。