半熟三昧(本とか音楽とか)

半熟ドクター(とはいえ気がつくと医師20年選手だけど)の読んだ本とか音楽とか

Takeshi Ohbayashi Trio "Manhattan"

オススメ度 90点

Manhattan

Manhattan

  • アーティスト: 大林武司トリオ,Takeshi Ohbayashi Trio,Terri Lyne Carrington,Nate Smith,Tamir Shmerling,Yasushi Nakamura,Takeshi Ohbayashi,中村恭士,大林武司
  • 出版社/メーカー: SOMETHIN'COOL
  • 発売日: 2016/11/09
  • メディア: CD
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令和元年の初めの日に何をとりあげようかと思ったが、とりあえずこれにした。
大林武司は、報道ステーションのオープニング曲「Starting Five」のグループJsquadのメンバーとして、知名度を馳せた。

【公式】報道ステーション・テーマ曲 「Starting Five」by JSquad
20代前半に渡米しそのままNYの第一線で活躍しているジャズ・ピアニストだ。
これまた渡米してBNと専属契約をした黒田卓也のサポートメンバーを数年前からしており、そのあたりからメジャーシーンにでてきた。

実はこの方、広島出身で、年に何度かオフィシャルにもプライベートにも広島に帰ってくる。
うちの地元にも、その折には時にワークショップとか、セッションさせていただいたりしている。
気さくな好青年で、飾らない性格。広島弁まるだしのMCも含めてとても人気がある。

まあ、地元びいきとかではなく、実力も折り紙つきだ。
当然第一線の領域で活躍しているだけあって、コンテンポラリーなボイシングやフレージングも当然すごいのだが、さらに、ここ数年本人も曰く、上から下まで鍵盤を使うようなスタイルに興味があって、みたいなことを言っていた通り、ライブをみていても、以前よりも上下のクラスターの使い分けだとか、オールドスタイルの語法なんかも垣間見ることができる。時に、オスカー・ピーターソンアート・テイタムとか思えるような、フレーズの引き出しが増えた。

さいぜん、NYに居着いて活動を続ける大江千里氏をとりあげたが、
halfboileddoc.hatenablog.com
大江千里が「オンリーワン」を目指してやっているのとは違い大林武司は「ナンバーワン」を狙おうとするカテゴリーでやっている。どちらがいい、というわけではない。大江千里氏にも、本人らしい滋味がある。
ただ、これからどういう人たちと共演するのか、という点でも大林武司のこれからの活躍は見守りたいところだ。

このアルバムは、昨年冬リリースした、シンプルなトリオ構成のアルバムで、
今の大林武司を堪能できる一枚だ。

せっかくのBlogなので、音源もいくつか載せておこう。

[Yu Tunes]“(They Long to Be) Close to You” cover by さかいゆう
これ、以前もだしたが、さかいゆう歌うClose To Youのバックのピアノは大林さんである。


Skylark Takeshi Ohbayashi 大林武司
これはソロピアノ。オールドスタイルの語法も随所にさしはさまれ、カラフルだ。
大林武司のソロピアノ、ライブなどでも時々聴くが、その場で適当にリクエストをもらって弾いても、きちんと楽曲として起承転結のドラマが構成されていて、全く間延びしない。

雑司ヶ谷2編

オススメ度 90点
男にレイプされて肛門括約筋がメリメリと裂けるシーンOh No!度 100点

さらば雑司ヶ谷 (新潮文庫)

さらば雑司ヶ谷 (新潮文庫)

雑司ヶ谷R.I.P. (新潮文庫)

雑司ヶ谷R.I.P. (新潮文庫)

買って一年くらい置いていた樋口氏の雑司ヶ谷シリーズを読んだ。読み始めたら一息だった。

樋口氏との出会いは、ベストセラーになった「タモリ論」。これは駅の売店で平積みされたのを買った。

タモリ論 (新潮新書)

タモリ論 (新潮新書)

だって、この新書だけだとわからないけど、当時はこういう帯がついていた。
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そりゃ目を引くでしょ。買うでしょ。

その中で、自作「雑司ヶ谷」の話が引用されていて、まあそれは、オザケンのくだりだったんですけれども、そういう柔らかいコラム的な文章だったので、この雑司ヶ谷の小説も、そういうサブカル小説かなーくらいに思ってたんですよ。

………全然ちゃうやん。
クライム・ノベルというか、ノワール小説という、アンダーグラウンドな趣きのドキドキする小説でした。

中国から久しぶりに戻った俺を出迎えた友の死。東京、雑司ヶ谷。大都会に隣接するこの下町で俺は歪んだ青春を送った。町を支配する宗教団体、中国マフィア、耳のない男……。狂いきったこのファックな人生に、天誅を喰らわせてやる。

主人公は、雑司ヶ谷に本部があり全国に信徒をかまえる新興宗教の教祖の孫。
教祖から仕事を依頼される、という、推理小説っぽいお定まりの導入から始まり、主人公は東京を舞台に地獄めぐりをはじめる。

「泰幸会」という宗教団体は架空のものであるが、とにかく国家の中枢とも懇意な宗教団体という設定で昭和の事績のいろいろにも、実は泰幸会が関与している、みたいなね、言ってみればフォレスト・ガンプ的なフィクションの構築が面白かった。

伏線のはりかたの緻密さは伊坂幸太郎のようでもあるし、暴力描写やスピード感はXX(うまい例がおもいつかない)のようでもあるし、池袋ウエストゲートパーク的な町巡りの面白さもある。
なんか、そういうのを渾然一体としたどえらいもんを見せられた感はある。

続編の『雑司ヶ谷 R.I.P.』では、さらに、伏線を回収し、色々なサイドストーリーが輪が閉じて面白いというかなんというか。
娯楽小説かくあるべし、というのをみせつけられた。
面白かったっす。

ただ、誰におすすめすべきなのかが、今ひとつピンとこない。
サブカルチャー・東京カルチャー好きの人。犯罪小説・刑事物が好きな人。
アブノーマルな性描写大丈夫な人。
伏線回収が好きな人。かしらね。

ところで、これが、私の平成最後のエントリーになります。
よかっただろうか。
うーん。

『闇ウェブ(ダークウェブ)』

オススメ度 80点
ほんとうにあるんだ度 90点

闇ウェブ (文春新書)

闇ウェブ (文春新書)


ダークウェブというと、自分の実生活に絡むことはほとんどないので、テレビドラマ「相棒」にでてくる言葉としてしか知らない。悪い人や、悪いテロ組織や自殺志願者サイトみたいな人が、こっそりとコンタクトをとるのに使っている、というやつ。

インターネットでは、インターネット上にあるすべてのファイルが閲覧・検索できるわけではない。
今では検索エンジンで検索できないファイルの方が多い。

一番表にある、GoogleやYahooで辿れるところが「サーフィスウェブ」「ヴィジブルウェブ」。
その奥に、検索できないウェブコンテンツ「ディープウェブ」がある。
ディープウェブがすべて非合法なわけではなく、Closed SNSとか、例えばクラウド管理されたものとか、Gmailとかもディープウェブに入る。プライバシーやセキュリティで守られているウェブコンテンツは結構多いのだ。

そのディープウェブのさらに奥にダークウェブがある。
これはまず普通のブラウザでは閲覧もできない、アクセスするには必要なソフトウェアが必要(「Tor」「I2P」「フリーネット」など)だし、情報の閲覧性がほぼなく、口コミというか、丹念にリンクを追っていくしかない。
それも日々状況によって変わる。

もちろん、アクセするものも、個人が特定されないための工夫も必要だ。
銃や麻薬のやりとりをしたその記録が残っていたら、あとで証拠になってしまうからだ。

ビットコインなどのブロックチェーンによる決裁システムは、マネーロンダリングや、匿名性の高い取引には向いているらしい。仮想通貨自体はそんなに問題ではないのかもしれないが、ダークウェブとの相性が良すぎる部分は、政府に警戒を抱かせる理由にたるようで、この辺りが「仮想通貨は通貨か否か」という命題で問題になっていたようだ。

そんなダークウェブの通信手段、Tor (The Onion Router)を作り出したのは米国アメリカ海軍。
もとは、独裁国家からの反体制側にいる情報提供者を守る目的で作られた、と。(バレると殺されるので)
そういう武器が、陣営を超えて使われてしまうのも、人の世の常だなあと思った。

感想。
本当にあるんだ、ダークウェブ。
僕は全然その闇をみたことがないので、やっぱりリアリティがなかった。

『八甲田山消された真実』伊藤薫

オススメ度 70点
まず映画「八甲田山」か新田次郎の小説を読んでくれ話はそれからだ度 100点

八甲田山 消された真実

八甲田山 消された真実

Kindle日替わりセールにて。

何を隠そう僕は映画『八甲田山』が大好きだ。

タワーリング・インフェルノ」などの洋物ディザスタームービーがヒットした時に、和製ディザスタームービーを目指して豪華な俳優陣で作られた大作!
(かかった手間の割に興行はいまいち…)。
軍隊ものというよりは中間管理職の悲哀を描いた社畜必見の映画である。
退屈な画面やプロッティングも、雪山の忍耐を追体験させてくれるような気さえする。
3時間の長尺のほとんどが雪山で、画面が白っぽく変化がない。
観ている自分が「眠るなっ!眠ると死んでしまうぞ!」になってしまう。
大抵寝落ちします(笑)。

そんな映画八甲田山の原作は、この前もとりあげた新田次郎による文学作品。
halfboileddoc.hatenablog.com
halfboileddoc.hatenablog.com

話は戻るが。、この本は、青森駐屯地にずっといた自衛官である筆者が「映画はフィクションであって、リアルな八甲田山遭難事件はだいぶ違う」ということを書いた本。

弘前連隊の福島(映画では徳島)も青森連隊の神成(映画では神田)も、あえてコントラストをつけるためにかなりの脚色をされているということである。

青森の連隊には何事も弘前に負けるなという空気があったし、それは、現代の自衛隊でも継承されているらしい。
そもそも一つの県に二つの歩兵連隊があるのは、戊辰戦争で官軍に反抗した南部藩岩手県が新政府から冷遇されたから。
また、舞台の再編成で、青森五連隊は県外出身者(岩手・宮城)が多く、青森の豪雪に慣れてなかったことも一因。

だから身も蓋もない話だが、岩手県に歩兵連隊が置かれていたら、この対抗意識も、この事件も生まれなかったんじゃないか、ということだ。

弘前連隊の福島隊(映画では徳島隊=高倉健
映画では、メンツにこだわらず安全を重視した高倉健、という雰囲気の弘前の福島隊。
史実は全く逆で雪中行軍で功名を立てたいという利己的な理由で、無謀な計画を実行した虚栄心の強い男であったそうだ。(前年の岩木山雪中行軍にしても、自分の隊を使わず見習い下士官を使い、多数の凍傷者を出したが上層部に評価されたのがそもそもだそうで……)。
 行軍計画こそ、八甲田山系を一周するという勇壮なものであるが、案内人を雇い、民家に宿泊するという形。映画では触れられていないが、民泊は形ばかりの手間賃はでるが実費に見合ったものではなく、拠出というかタカリに近いものであったそうだ。酒なども出させたり。住民は泣き寝入りするしかなかったらしいぞ。
 また、八甲田山の踏破には案内人を7人雇っている。
 腰以上まで埋まってしまう新雪の道を歩くのは大変。先導させカンジキで道を踏み固めるのは相当な体力を要する。つまり案内人を「ラッセル車」がわりに使ったのが真相のようだ。おまけに荷物を取り上げて逃げられないようにしたりなど、完全に奴隷扱い。この辺にも大日本帝国陸軍の民間軽視の原型が見え隠れする。
 総括すると、福島隊は、困難な雪中行軍という功名が欲しかっただけで、対露戦にむけた寒冷地行軍のシミュレーションを無視したものだった。あれは一種の「冒険」であったのではないか、というのが筆者の弁だ。
さらに、個人的功名心が満たされたが、青森連隊の遭難事件が起こってしまい、評価どころではなくなったのだが、そこで、福島大尉は、知り合いの新聞記者にわざとリークし、自分の八甲田山系一周雪中行軍の顛末を新聞記事にさせた。
 その記事は当然青森連隊への批判に火に油をそそぐ。この行為は陸軍への背任行為に近い。
 上層部をたいそう怒らせた結果、閑職に飛ばされてしまったらしい。

・青森連隊
アホな上司の指示で右往左往させられる北大路欣也。ま、これは史実通りのようだ。
しかし本当の問題は、計画立案と報告書のところがズブズブなこと。
予備演習では小峠までいったことになっているが、報告書の時間が合わない。おそらく報告書・計画書の改ざんがある。
形ばかりの予備演習で済ませた、ということだ。
また、予備演習から、本演習も、時間がない。多分弘前連隊よりも早く青森に帰るために逆算して計画したのではないかということであった。また、2泊3日の雪中行軍計画いうことに後付けでなっているが、関係者の証言や手紙をまとめると、田代温泉で一泊で帰路につくという計画だったようだ。
それを後の報告書で2泊3日としたのは、かなりの日数右往左往していたのに、救援も連絡もだしていない本部の責任回避のための改ざんらしい。
一度もたどり着くことができなかった「田代温泉」であるが、一般的な温泉街のようなものでは全くなく炭焼き小屋に毛が生えたような小屋が二軒あるだけで、とても温泉として大人数が使えるものではないし、そもそも冬は小屋自体も見えないものだそうだ。要するにだれも田代温泉に行ったことがなかったのに、田代温泉を見つけられるはずがないのだ。
この隊については、訓練不足による初歩的なミスも多い。雪壕を掘るが、地面まで掘り進まず、火をくべたら、足元の雪が溶けて、火だけが下降してゆき、暖をとるどころではなかった、とかコントのような光景が繰り広げられる。ソリによる輸送もそうだ。絶対に事前訓練が足りない。
筆者によると、神成(映画では神田=北大路欣也)の直接の上司として間違った判断を下していた山口少佐(映画では山田)もさることながら、この遭難事件の責任はおそらく津川連隊長にある。弘前連隊との対抗意識から、部下に命令を下ししかし丸投げ。ずさんな計画とその発効。
それに遭難事件が発覚したあとも緊急事態の一報を聞きながら通常通り定時に帰宅している(サイコパス!)し、それなのに第一報を聞いた時から「救難」ではなく「遺体収容」として部隊を出させた。そのため初動が遅れた。最初から救難として動いていれば、もう少し生存できた可能性はある。
また、報告書も、辻褄合わせのために事実と異なることを平気で書き、結果更迭されることなく(むしろ栄転)で任期を終える。昭和軍部の参謀本部などにあった悪弊が、ここでもでている。
そんな上層部に翻弄された神成大尉、気の毒といえば気の毒だが、有名な「天は我我を見放したっ!」云々のくだりは同情できるが、やっぱり指揮官としてそれを言っちゃあおしまいだよなあ……一番大事なところで、兵の士気を奪うのは、そりゃあかんわ、ということらしい。これもわかる。たとえ、指揮官の実権を奪われたとしても。

ま、どっちもどっち。
いずれにしろ、旧軍部の欠点が露呈している事件だと思う。
読んでいてげんなりする。司馬遼太郎岸田秀の気持ちになれることうけあいだ。

日本的組織ってこういう組織的欠点を内包していることを常に念頭に入れとかなきゃなんない。
自分がダメ指揮官にならないように、と思うと、こういう事件はすごく反面教師になります。自戒しよう。

『賭ケグルイ』 河本ほむら・尚村透

オススメ度 80点
「ばみ」の強烈度 80点

岡田先輩がSNSで薦めていたので、まずは漫画から読んでみた。
映画も公開されるらしいですね。

まず設定が狂っている。
創立122年を迎える名門校、私立百華王学園は、上流階級・政財界の子女が数多く通う名門校。そこは、圧倒的なギャンブルの腕を持つという生徒会長・桃喰綺羅莉のもと、生徒同士のギャンブルによる階級制度によって支配されていた……

設定を聴いた瞬間、これは「漫画ゴラク」連載か?と思ってしまうが「漫画アクション」だったら、多分読んだ時の緊張感はこうはならないだろうと思う。もっと「静かなるドン」と「ミナミの帝王」を足した感じになるだろうな。

思ったよりも面白くて、一気に読んでしまった。

僕は麻雀も競馬もパチンコもそのたギャンブルも全然しないわけだけれども*1、ギャンブル論とか、ギャンブル漫画は結構好きだな。
ギャンブルの基本は確率と非対称情報戦。しかし、最後に残る伸るか反るかの部分。
主人公は、そういうギャンブルの本質をおさえ、一定のフィロフィーに沿って動く対戦相手を洞察し看破する。
その上で最後の最後、生か死か、わからない部分を飛び越えるところに、快感を見出しているという性格設定。

すぐれたギャンブラーの資質とはそういうものなのだろうなと納得させてくれる。
まあ、そういうの「銀と金」とか「アカギ」とか「カイジ」とかの福本漫画にはよくでてくる。
銀と金 1
アカギ?闇に降り立った天才 1
賭博破戒録カイジ 全13巻 完結コミックセット(ヤングマガジンコミックス)



僕はギャンブルは一切しないけれど、それでも惹きつけられてしまうのは、ギャンブルに限らず、我々の人生そのものが、
「不確定な情報の中で、何かを選択する」
という行為の繰り返しであるから。
ギャンブルというのは、特殊な状況にみえて普遍的なのだ。
だからこそギャンブルを描いた作品は広い読者を惹きつけるのだろう。

ちょうど「アルジャーノンに花束を」が、ただのSF作品というだけでなくて、能力を徐々に失っていくという初老期以降の普遍的心情と悲哀を描いているという点で普遍的であるのと同じで。

* * *

漫画も進んでくると、「x喰」一族というのがでてきて、それらが主人公(主人公も蛇喰という、一族の一人なのだが)に立ちはだかる。強敵の出現はおもしろくはなるし、主人公の蛇喰夢子の強さについても一定の理由が示されるという点ではいいのだが、「x喰」でない登場人物やモブのクラスメートの意味合いが相対的に薄くなる。
結局は選ばれし貴種にしか能力は宿らないのかい、という置いてきぼり感はある。
この辺はきわめて微妙なトレードオフだなと思った。

ちなみに、漫画家と読者の関係も、情報の非対称性という意味では、胴元と賭け子の関係に似てはいる。
読者に対して情報を隠す点で有利な部分はあるが、「天才」を描くにおいて、書き手の知性以上の天才を書くことはなかなか難しい。でもその意味で「賭ケグルイ」は割と成功しているように思った。

*1:そんなところで運を使うのがばからしくて。それにパチンコって、いくら大当たりでも今の自分の勤労報酬は超えられない

吉村昭『赤い人』

オススメ度 80点

新装版 赤い人 (講談社文庫)

新装版 赤い人 (講談社文庫)

吉村昭の著作も、結構読んでいるけど、風景素描の職人、みたいな風格さえある。
過去の一連の事実を淡々と描写し、書ききる。志賀直哉のリアリズムのようではある。
この文体を身につけたからこそ、何でも書けるようになり、史実を題材にするようになったんでしょうね。
(初期の吉村作品「星への旅」などは、必ずしもノンフィクションではなかったのは以前に述べた)
halfboileddoc.hatenablog.com

その後の吉村昭は、職人魂で、史実をとりあげた作品を量産。
まるで「僕は何もいいません。ただ、事実だけをみてください。感想はあなたの心の中に浮かんできたものです」
みたいに、読者を突き放す。まあ、うまさに立脚したスタイルであるのは間違いない。

スタンダード集とかを、高いクオリティで出す職人。晩年のKenny DrewHank Jonesのようだ。
これは前にも言ったが。

* * *

この本の題材は、北海道開拓史における刑務所・囚人の歴史。
鳥羽・伏見の戦いから戊辰戦争明治維新は、内戦としては短期間に・小規模で終わったがために幕藩体制のエネルギーを減殺することなく明治期に移行できたわけだが、では明治政府は寛容であったわけではなく、東北諸藩・譜代の諸藩はきっちり冷や飯を食った。食い詰めたものが北海道に渡り開拓を行い、近代日本の礎になったが、そこはとても自由な新天地というようなものではなく、過酷な自然と対峙する残酷な歴史だった。

そんななか、明治維新後の、江藤新平佐賀の乱神風連の乱萩の乱西南の役などでも大量の国事犯ができ、また法制度や社会の変化に適応できない犯罪者も大量に発生し、国内の刑務所は飽和してしまう。

じゃあ、どうする?北海道開拓に使ったらいいんちゃう?
ということで、北海道に囚人を使役する、という目的で刑務所が作られる。
寒冷地での収監に看守も慣れていないこともあり、また予算も限られているなかで、囚人の扱いは酷薄をきわめ、極寒の中足袋も履くこともゆるされず、重労働を課せられる。
当然、凍死・凍傷が大量に発生するわけだが、そもそも、刑務所としては、予算が限られているなか、どんどん囚人が送られてくるわけで、病死、斃死などはむしろ運営上は好都合になる。

金子は、復命書で囚人が「(一般)工夫ノ堪ユルアタハザル」苦役によって死亡すれば、それだけ国費の軽減になると述べているが、それは全国の集治監、監獄書に囚人が収容しきれぬほどあふれている事情をふまえたもので、

旧刑法では殺人犯でも無期刑が限度とされていたが、それは囚人の労役を活用するための便法でもあった。つまり彼らに課せられる過重な労役は一種の「緩慢な死刑」でもあった。

危険な炭坑での労働や、北海道の道路・鉄道の整備には、この囚人の労役が多大な貢献があるそうな。

まあ、こういう体制も、近代刑法への変化によって変わっていったようだ。
当然、囚人たちの脱走などもあとをたたず、五寸釘寅吉の逸話なども途中に差し挟まれる。
* * *

こういうのをみていると、ソ連のシベリア抑留のことなんて言えないよな、と思う。*1
ただ、監獄法の変遷で、処遇も徐々に変わっていく部分には救いを感じた。
この小説、最後はめっちゃ尻切れとんぼで終わるのだが、尻切れとんぼがこんなにホッとする作品も珍しい。

*1:ただ、明治初期の時代精神で、大正時代くらいでもこういう扱いは徐々に変わっていったわけで、昭和20年の時点で、シベリア抑留は、やはりソ連の「蛮国」感はあるとは思う

『成功する音楽家の新習慣〜練習・本番・身体の戦略的ガイド〜』

オススメ度80度
これはジャズ研とかクラブに一冊買っておくべき度 90点

成功する音楽家の新習慣 ~練習・本番・身体の戦略的ガイド~

成功する音楽家の新習慣 ~練習・本番・身体の戦略的ガイド~

よかったですね、この本。
Amazonで買って届くと、家族には「あなたは何になりたいの?」と心配されてしまった(笑)。

いや、まあさあ。
音楽における出世栄達に興味もない。
音楽でお金をもうけるつもりがないからね。
もちろん今の仕事をやめるつもりもない。
でも、自分の人生の中では音楽が少なからぬ地位を占めている。
もはやただの趣味とは言えなくて、お金こそ稼がないけれども、第二の自分は、音楽家だとは思う。*1

マチュア・ミュージシャンであっても、実力をあげ、いい演奏ができるようになれば、実力のあるプレイヤーと演奏をする機会も増える。いい演奏ができ、いい共演者と演奏すれば、得られる幸福感も大きい。

というわけで、アマチュアの私ではありますが、音楽については結構本気で、やっぱりこの歳になってもうまくなりたい。
自由度の高い演奏をしたい。
そして、いい演奏を共有したいと思うわけです。

でも自分だけのやり方だけだと、野狐禅に陥っているかもしれない。
なので、こういうプロ奏者向けの本を買ってみた。

* * *

ええと、基本的には職業音楽家、それもクラシックの演奏家に向けて書かれている部分が多いとは思いましたが、
譜読みから曲の理解に関するまでの、一つ一つの構成要素、
個人練習では、イメージトレーニングのしかた、練習の3つのこと(発見、反復、評価)、
グループ(バンド)における合奏のあり方。
成功した職業音楽家の生活習慣や、本番に向けてのモチベーションの保ち方、演奏不安(あがり症など)の取り方。
身体のウォームアップの方法(このへんはアレキサンダーテクニークを用いている)などが書かれている。

ビジネス書における生活習慣の構築法や、PDCAのような問題解決手法に近いような要素も含まれていて、なかなか面白かった。

*1:余命1年とわかったら音楽でなんらかの形を残すかもしれない