オススメ度 80点
- 作者: 吉村昭
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2012/04/13
- メディア: 文庫
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吉村昭の著作も、結構読んでいるけど、風景素描の職人、みたいな風格さえある。
過去の一連の事実を淡々と描写し、書ききる。志賀直哉のリアリズムのようではある。
この文体を身につけたからこそ、何でも書けるようになり、史実を題材にするようになったんでしょうね。
(初期の吉村作品「星への旅」などは、必ずしもノンフィクションではなかったのは以前に述べた)
halfboileddoc.hatenablog.com
その後の吉村昭は、職人魂で、史実をとりあげた作品を量産。
まるで「僕は何もいいません。ただ、事実だけをみてください。感想はあなたの心の中に浮かんできたものです」
みたいに、読者を突き放す。まあ、うまさに立脚したスタイルであるのは間違いない。
スタンダード集とかを、高いクオリティで出す職人。晩年のKenny DrewやHank Jonesのようだ。
これは前にも言ったが。
* * *
この本の題材は、北海道開拓史における刑務所・囚人の歴史。
鳥羽・伏見の戦いから戊辰戦争、明治維新は、内戦としては短期間に・小規模で終わったがために幕藩体制のエネルギーを減殺することなく明治期に移行できたわけだが、では明治政府は寛容であったわけではなく、東北諸藩・譜代の諸藩はきっちり冷や飯を食った。食い詰めたものが北海道に渡り開拓を行い、近代日本の礎になったが、そこはとても自由な新天地というようなものではなく、過酷な自然と対峙する残酷な歴史だった。
そんななか、明治維新後の、江藤新平の佐賀の乱、神風連の乱、萩の乱、西南の役などでも大量の国事犯ができ、また法制度や社会の変化に適応できない犯罪者も大量に発生し、国内の刑務所は飽和してしまう。
じゃあ、どうする?北海道開拓に使ったらいいんちゃう?
ということで、北海道に囚人を使役する、という目的で刑務所が作られる。
寒冷地での収監に看守も慣れていないこともあり、また予算も限られているなかで、囚人の扱いは酷薄をきわめ、極寒の中足袋も履くこともゆるされず、重労働を課せられる。
当然、凍死・凍傷が大量に発生するわけだが、そもそも、刑務所としては、予算が限られているなか、どんどん囚人が送られてくるわけで、病死、斃死などはむしろ運営上は好都合になる。
金子は、復命書で囚人が「(一般)工夫ノ堪ユルアタハザル」苦役によって死亡すれば、それだけ国費の軽減になると述べているが、それは全国の集治監、監獄書に囚人が収容しきれぬほどあふれている事情をふまえたもので、
旧刑法では殺人犯でも無期刑が限度とされていたが、それは囚人の労役を活用するための便法でもあった。つまり彼らに課せられる過重な労役は一種の「緩慢な死刑」でもあった。
危険な炭坑での労働や、北海道の道路・鉄道の整備には、この囚人の労役が多大な貢献があるそうな。
まあ、こういう体制も、近代刑法への変化によって変わっていったようだ。
当然、囚人たちの脱走などもあとをたたず、五寸釘寅吉の逸話なども途中に差し挟まれる。
* * *
こういうのをみていると、ソ連のシベリア抑留のことなんて言えないよな、と思う。*1
ただ、監獄法の変遷で、処遇も徐々に変わっていく部分には救いを感じた。
この小説、最後はめっちゃ尻切れとんぼで終わるのだが、尻切れとんぼがこんなにホッとする作品も珍しい。