半熟三昧(本とか音楽とか)

半熟ドクター(とはいえ気がつくと医師20年選手だけど)の読んだ本とか音楽とか

『劔岳<点の記>』新田次郎

オススメ度 80点
ゲーム化されたらいいのに度 90点

劒岳〈点の記〉 (文春文庫)

劒岳〈点の記〉 (文春文庫)

新田次郎といえば『八甲田山〜死の彷徨』が一番の有名作。
山岳をテーマにした数々の小説がある。

僕としては藤原ていの『流れる星は生きている』を幼少期に読んだこともあり*1藤原ていの夫という方がしっくりくる。

気象職員として、富士山へ気象レーダー建設設置のプロジェクトに関わったりなど有能な方であるのだが、定年を前に小説家に転身。以後は数々の著作を行うものの、早逝。

ちなみに、山岳小説家として定評があるものの、本人は「山岳小説家」という言い方を最も嫌っていたらしい。
本人としては歴史小説である『武田信玄』が最も気に入っていたそうな。

ま、武田信玄にしてから、やっぱりちょっと「山」入っているやん!と微苦笑する。けれどね。
下調べと考証を綿密にしてから執筆に入るというスタイルも、山岳家らしい思考様式だと思う。

* * *

前置きが長くなったが、測量官が(当時は国土地理院管轄ではなく陸軍管轄だったらしい)前人未到剱岳に登る話。
剱岳周辺の地域が三角測量が未だなされていない、という大義名分の他に、どうやら、アマチュアの登山家集団である日本山岳会が初登頂を目指しており、陸軍としては、初登頂を民間にとられるわけにはいかないという見栄で、無謀なプロジェクトが上の方から降ってきた……

予算の制約があって大胆な計画を立てづらい部分、
陸軍の虚栄心に翻弄される主人公
などは、『八甲田山』でも繰り返し描かれた部分でもある。

さらに、
官と民の対立。
「隣の芝は青い」的な省庁同士の足の引っ張り合い、
クリエイティブな事業を公的な予算の範囲内で納める際の苦労。
しかもアマチュアの山岳会と違って業務として登る測量隊には絶対に失敗が許されないこと。
でも越年も許されないこと(予算は単年度で組まれるので)。
県の役人が威張っていて、宿を借りにいった温泉宿で冷たくあしらわれたエピソード、
などについては、
富士山頂にレーダー建設の際の経験が生かされているんだろうなと思った。
「宮仕えマジつれーっす」感満載。
積年の恨みが筆に乗り移っている感じ満載。

もともと測量は内務省でやっていたのを明治11年になって、軍が強引に奪い取って参謀本部測量局に併合した。軍人というものは、外国と戦争しないときには、自国内に戦争の相手を求めるものだ

「いやいや、こちらこそ山岳会の御知恵を拝借しなければならない時が来るだろうと思います。その時はよろしく」
それはお世辞ではなく、近くほんとうにそうなるのではないかと柴崎は思った。
そう決めつける理由を強いて挙げれば、仕事と遊びの差であった。
登山に関する限り、仕事より遊びの方が優位に立つだろうというのは、彼の直感だった

作中でてくる宇治長次郎という案内人の気持ちいい性格の描写など、やはり新田次郎はDNAレベルで人を山岳に引き込んでくるなとは思う。やっぱ山の人やん!

*1:多分、家庭をほったらかして(実際は抑留されているのだが)夫不在で頑張る母という構図が母の琴線にふれたのでしょう