半熟三昧(本とか音楽とか)

半熟ドクター(とはいえ気がつくと医師20年選手だけど)の読んだ本とか音楽とか

『感染症と文明』

オススメ度 80点
教科書度 100点

感染症と文明――共生への道 (岩波新書)

感染症と文明――共生への道 (岩波新書)

前回は、今をときめく現役の峰先生が記者と対談したものを文字起こしにしたものだった。
現在の感染症学とワクチンの最前線の話で、非常に興味深い内容だった。
halfboileddoc.hatenablog.com

しばらく感染症しばりでいきます。
一方、この本はコロナ禍の初期に話題になった本。同時期にカミュの『ペスト』も話題になっていた。
halfboileddoc.hatenablog.com
『ペスト』は漫画『リウーを待ちながら』を読んだきっかけで読んだんだった。

感染症について、その歴史をわかりやすく語っている。
どちらかというと教科書に近いくらいの総説。

人類の歴史の中で、感染症というものは大きな位置を占めていますよ、という話。
そりゃまあそうだ。名著『銃・病原菌・鉄』でも、文明を駆動する諸因子に、感染症が大きな力を果たしたことは名言されている(題名の中にはいっている)し、我々の学ぶ世界史日本史でも、疫病の流行が、歴史の力動線として作用しているのは明らか。

銃・病原菌・鉄 上巻

銃・病原菌・鉄 上巻

halfboileddoc.hatenablog.com


そもそも狩猟民族では、少人数でしか会しないため、急性感染症が蔓延するコミュニティの規模にならないのだという。
人畜感染症を除けば、ヒトーヒト感染症は、定住民になって初めて人類は直面したことになる。

定住民は人口密度が高い非衛生的な住居で住むために感染症が蔓延しやすい。
その分死亡率も増加するのだが、定住生活ゆえの高い繁殖率で補ったらしい。
しかし、両民族が出会うと、免疫のない狩猟民族は定住民の持ち込んだ感染症でバタバタと倒れ絶滅の危機に瀕してしまう。

旧大陸では、こういう繰り返しに勝ち残った民族が、着々と感染症のレパートリーを増やしてゆく。
新大陸では、それほど民族の出会いがなかったため、感染症のレパートリーはあまり増えなかった。

新大陸発見→ヨーロッパ諸国の新大陸の植民地化も、簡単にいえば旧大陸VS.新大陸で、旧大陸感染症の勝利なのである。
ヨーロッパ諸国に蔓延していた感染症には新大陸の住民は免疫がなかった。
そのためなんと9割以上の人間が死滅したので、スペイやポルトガルも少人数で侵略することができた背景もある。
その他、カースト社会、も疫病の存在化で、集団を分離するための策であった可能性があるらしい。*1
ニュートン万有引力の存在に思い立ったのも、ペスト大流行で大学が休学になって田舎で静養しているときらしいし。
ペスト、天然痘マラリア・黄熱病などは人類史に大きな影響を与えている。

* * *

第一次世界大戦中に世界中に大流行した「スペイン風邪」のことにも触れられている。
これは今回の新型コロナウイルスにも類似点が多く、この本がコロナ禍で話題になったきっかけだった。

スペイン風邪は第三波までの流行期があったこととか、感染の蔓延と弱毒化のTrade-Offなど、今回の感染流行にも通じる重要なヒントが散りばめられている。
日本でも大きな被害を出したが、スペイン風邪で最も被害が大きかったのは、インド・アフリカ諸国だったそうだ。
実は今回の新型コロナの世界的流行でも、南北問題は厳然として立ちはだかっているようでもある。もはやアフリカやインドには観光で行くことさえできないわけで、そこで何が起こっているかは、うかがい知ることはできない。

過去を振り返っても、今の新型コロナウイルスに解決が示されるわけでない。
世の中は相当変わっているから。
しかし感染症についての普遍的な理解がほしい時には、こうした教科書的な事項は知っておいて損はないとは思った。

*1:逆に今回のコロナのような疫病は、社会集団の分断化を引き起こしかねないということを示唆しているわけだ。