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『独ソ戦 絶滅戦争の惨禍』

オススメ度 100点
ずーん……度 100点

独ソ戦 絶滅戦争の惨禍 (岩波新書)

独ソ戦 絶滅戦争の惨禍 (岩波新書)

  • 作者:大木 毅
  • 発売日: 2019/07/20
  • メディア: 新書

独ソ戦は、日本人にとっては、あまり馴染みがない。
賢くて尊敬できるが知識は乏しい同僚は、独ソ戦の存在さえ知らなかった。

ベルギーオランダ、フランスを陥としたあと「バトル・オブ・ブリテン」でイギリス軍を攻めきれず膠着状態を打開すべく、ドイツはフランスやポーランドを攻めた時と同じ電撃戦で、あろうことか広大なソ連に戦争を挑む。序盤の快進撃も冬将軍と兵站の問題で突進力を削がれ、開戦三年にして、徐々に力を盛り返したソ連軍に反攻され、ついにはナチス第三帝国の滅亡の原因となる戦争。それが独ソ戦だ。
そのスケールは段違いで、ソ連は民間人あわせて2000万人が死亡、ドイツも600-1000万人が死亡する凄惨なものだった。

最近「戦争は女の顔をしていない」という文学の漫画版がでて、かなり感銘を受けた。
ただこの漫画(本は今読んでいる)ではあくまで虫瞰的な視点なので、全貌を見渡す通史を振り返りたくなって、この新書を手に取った次第だ。
halfboileddoc.hatenablog.com

そんな独ソ戦は、冷戦構造のもとでは、それぞれの陣営を正当化するために相当事実を歪曲して喧伝された。
ソ連は、この戦争を「大祖国戦争」と呼んだ。
ソ連側からは、強大で残忍なドイツ軍相手に愛国心をもって立ち上がったソ連軍や住民がスターリン同志の指揮の下一致団結し、大変な苦労をして劣勢をはねかえし、大勝利に導いた、という文脈で語られる。
一方戦後のドイツは、軍部は機甲科兵団を指揮し冷静な戦局分析をしていたが、狂った指導者ヒトラーが、軍事的な大局観もないくせにあっちいけこっちいけと指揮したために、負けたー……。ドイツ軍も、ドイツ国民も、悪くなかったんだ…みんなヒトラーが悪かったんだ…。
ということに冷戦下ではなっていた。

でも、真相はどうも違ったようだ。
初戦でドイツ軍が快進撃を続けたのも、その直前にスターリンが疑心暗鬼にかられてソ連の将校を軒並み粛清して、軍が軍としての体をなさなくなっていたからだ。その後の快進撃の部分は、まあ史実通りではあるが「やられたらやり返す」精神で、ソ連軍は反攻の際にはかなり国際法を無視した蹂躙・略奪を繰り返したらしい(まあ、無理もないとは思うが…)。日本人のシベリア抑留の死亡率は10%だが、スターリングラード包囲戦で捕虜になったドイツ軍15万人のうち、行きて故国に戻れたのは6000人(死亡率95%)っていうんだから…。
ドイツ軍はドイツ軍で、ヒトラーの独断的な采配というのも、どうも違っていたらしい。
まあ、ヒトラーは終始一貫、ブレることなく、ソ連の絶滅を目指していたわけで、戦略的にそれが妥当であったかどうかには議論の余地があるけれども、偏執狂で誇大妄想狂のヒトラーが適切な軍部の進言を退けた、というのは、すべての責任をヒトラーに負わせるための軍部の方便のようだ。(死人に口なし、こわいねー)

お互いに壮絶な攻撃を繰り返し、おびたただしい犠牲をだした戦争だが、現代の視点で、戦略・戦術の視点でこの戦争を振り返ると、ヒトラースターリンも、一言でいって、
「へぼ将棋さし」
にしか見えない。
こんな戦争で、これだけの人が死んだと考えると、本当に浮かばれない。

ドイツ軍は、ソ連を「絶滅」させる「絶滅戦争」と規定し(これはヒトラーの世界観による)、なおかつ兵站や物資不足の問題は「収奪」にて解決しようとした。というよりは、ドイツにとって東部戦線は、自らの生存圏を維持させるがために東欧そしてロシアを収奪するために存在していた。戦争遂行は収奪により得られ、なおかつ収奪そのものが目的であったということになる。
また、これは食えない話だが、ナチスは国内の政権の安定のために、自国民の負担は最小限にしようとしていたので、大戦末期まで、ドイツ本国民は比較的高い生活レベルを維持していたらしい(もちろんその分、ポーランドをはじめとする被占領国や強制収容所ユダヤ人などが割を食った)。つまりドイツ本国民は、ナチスが初期帝国主義的な収奪により利益を得ていることを知りながら、それを享受した共犯者、ということになる。
この辺は、一億玉砕といって真面目に頑張った日本とは少し事情が異なるようだ。
ドイツは戦後、ナチス第三帝国を反省して…戦争責任を否定する日本とは違う、みたいな言があちこちで語られるけれども、まあきれいな論には裏があるっていうことだわな。*1

こういうことを踏まえると、フォークロア的なジョーク、
ドイツ人が、日本人に対して「こんどはイタリア抜きでやろうな!」というやつ、あるじゃないですか。
あれ、今度耳にしても、多分ぜんぜん笑えないだろうね。

独ソ戦だけでなく、第二次世界大戦すべてを見渡したい時には、アントニー・ビーヴァーのこれがオススメだ。
halfboileddoc.hatenablog.com
クソ長いが、教科書の10000倍面白い。コロナ騒ぎで家でやることがなくて、この独ソ戦だけでは飽き足らない人は、これを読んでみることをおすすめする。

* * *

ちなみに、ソ連の反撃の戦略的な優位性などについては、バトルドクトリン(戦闘教義)など触れられているのだが、この概念については、もう少し他の本なども読んで勉強してみようと思う。
バトルドクトリンは、多分医療におけるチーム医療のあり方とかにも応用できそうに思った。
本文とは全く関係ないのだけれど。

*1:個人的にドイツの断罪がされようが、ドイツが悪かろうが、それと比べて日本がましとか、あかんとかいう理由にはならないと思う。まわりの顔色をうかがって決める日本人の悪い癖がでている