半熟三昧(本とか音楽とか)

半熟ドクター(とはいえ気がつくと医師20年選手だけど)の読んだ本とか音楽とか

昭和史もの3つ『あの戦争と日本人』半藤一利『大日本史』『さかのぼり日本史2』

終戦記念日である。
中高生の時には岸田秀司馬遼太郎を読んでいた自分にとって「なぜあんなバカな戦争を」という感想は所与の前提となっている。
けれども、もうすこし、歴史の細部に触れると、まあなかなか一筋縄ではいかないな、とも思うようになった。

例えば、思春期に1990年代だった僕から壮年となった2019年の現在までの日本のたどった道のりを振り返ってみると、愚かしい行為の積み重ね。日本はもはや経済大国とは言えない状態に凋落している。
だけど、これは為政者だけが悪いのではなくて、民間・国民すべての相互作用でこうなったのだ。
結局長期的に未来を見通すことの難しさ、よりよい未来にむけての政策を敷衍する難しさを痛感する。

今の日本の政治のありようを許している自分たちに、昭和初年から20年までの歴史に翻弄された先達を批判する資格があるだろうか?

半藤一利氏の回想録っぽい口語体の追想と考察。
明治から昭和終戦くらいまでのざっくりと振り返り。
統帥権」干犯が、泥沼の戦争をやめられなかった、という司馬史観の一人歩き(実際には『統帥参考』が書かれた頃には皇道派は権威を失っていたので、そこまでの力を持ち得なかったのではないのか…)
・国家の基本骨格ができる前に日本は軍事優先国家の道を選択していた(明治憲法に軍隊に関する条項は2条しかない)
・「参謀本部条例」など軍隊の規則は、明治憲法の法体系の外に最初から存在していた。これは山縣有朋のやったこと。
・「統帥権」だけではなく「帷幄上奏権」「軍部大臣現役武官制」この3つを軍部は利用して、政治に口出しをした。
東條英機(太平洋戦争の開戦責任)と近衛公爵(支那事変の「国民政府を対手とせず」近衛声明。支那事変拡大の責任)海軍の軍令部総長伏見宮殿下に戦争責任があるのではないか。
ハルノートが戦争のきっかけになったというが、発信前日から、マレー半島シンガポール攻略部隊は出撃し、真珠湾攻略部隊も同日出撃しており、スケジュール通りに作戦行動を遂行している。
・逆に、アメリカの原爆も、19年9月くらいから、長距離爆撃機の単独飛行と大きな爆弾(パンプキン爆弾)を投下するシミュレーションを始めている。だからポツダム宣言云々はともかく軍としてはスケジュール通りに作戦を展開している。

薩長史観から離れることで、みえてくることもあるよなあということ。半藤氏の戦後の経験から語られること。
基本的には半藤一利の近現代のわかりやすい総括。

NHKさかのぼり日本史。比較的ニュートラルなものの味方で、事実の掘り下げが丁寧であると思った。
太平洋戦争から支那事変くらいまでの概括。

終戦までのターニングポイントは「サイパン失陥」(絶対国防圏の崩壊。サイパン失陥後、軍人の死亡のうち、1944,45年が87%を占める)
・帝国国防方針による仮想敵国の設定。それと対照をなすかのような、アメリカの「オレンジプラン
・1936年の盧溝橋事件、どちらが仕掛けたかは不明であるが、36/5月の時点で、日本側が支那駐屯人数を約3倍に増強していた事実はしっておいてよい。
日中戦争と呼んでいるものは当時は戦争ではなかったが、それは国際法でいう「戦争」になると、アメリカは「中立法」を発動する。それは困ると日本も中国も考えた。(戦争状態にあると認められた国に対し、アメリカは1:兵器・軍用機材の輸出禁止、2:一般物資・原材料の輸出制限、3:金融上の取引制限などの措置をとる)


大日本史 (文春新書)

大日本史 (文春新書)

東大名誉教授山内昌之氏と佐藤優の対談。
『システム論』的に世界の動きと日本史を語るという内容。近現代をざっくりと。
読み口としては、例えば週間SPA!の後ろ2/3くらいのところにある記者が事件の裏事情とかを語る対談集に似ている。
・開国のあたりの事情(新興国アメリカの世界戦略と、クリミア戦争による力の空白)
・ペリーは浦賀のあと、琉球に寄港し、琉球修好条約を結んでいる。それだけペリーはなんとしても成果をあげたかったわけですが、当時の帝国主義国が琉球ネーションステートとみとめていたことははっきりしている。
岩倉使節団の覚悟を決めた大盤振る舞い(今でいえば100億円くらい)は、いいように作用した。
・明治政府の特徴として「富国強兵」と「公議興論」がある。富国強兵および法体系を整え近代国家となり不平等条約の改正を目指す部分とは別には、「公議興論」つまり人々の政治参加、民主化を志向するものが、木戸孝允ら長州派によって早い段階から唱えられている。
征韓論争は、外征によるケインズ主義と財政重視論・重商主義論の対立
・日本の犯した最大の過ちは、ロシアという陸の大国と戦った結果、大陸ばかりに気を取られて、よりグローバルな海洋の世界で起こっている大きな変化に気がつかなかったこと。
・結局日本は「海洋国家にとって最大の脅威は海洋国家だ」という地政学の基本がわかっていなかった。
日露戦争という世界を変えた戦争の意義を、当の日本がよく理解していなかった
天皇陛下には統帥権立憲君主制、あるいは近代と伝統を巧みに切り替えながら両立させていくハイブリット思考のできる人だった

3冊まとめて読んでみたが、かなり細かいディテールであったり、もう少し広い俯瞰した視点であったりと色々な視点で昭和戦史を振り返った。

若い頃は、太平洋戦争の無責任とも思える戦争指導者に怒りを抱いたりもした。
が、今は自分も意思決定権を持つ人間として、意思決定と未来予測の難しさをまざまざと痛感する。
トップダウンを取りにくい日本の政治体制は、こういう難局では割とダメになりやすい。
意思決定のカスケードも決まっていないし、決まっていない曖昧な状態をよしとする日本のシステムは、なんとかならないのだろうか?