半熟三昧(本とか音楽とか)

半熟ドクター(とはいえ気がつくと医師20年選手だけど)の読んだ本とか音楽とか

『繁栄と衰退と』

オススメ度 100点
今となっては日本の状況ではない…度 80点

繁栄と衰退と

繁栄と衰退と

オランダの繁栄と衰退を丹念に取り上げた本。

オランダ。

新大陸の発見から、大航海時代の序盤に、スペインとポルトガルが活躍していたのは皆知ってますよね。
新大陸で金銀財宝を見つけ、大規模なプランテーションを運営し、スペインとポルトガルは世界の覇者となった。

歴史でいうと、その次は大英帝国ですよね。
イギリスの隆盛がある。
だけど、実はスペインと英国、の間に オランダが海運国家として隆盛していたという歴史があるけれども、
そのことは今歴史ではあまり顧みられることはない。

実際スペインの無敵艦隊を破ったのはエリザベス女王率いるイギリス海軍なわけだけれども、そもそもスペインの無敵艦隊は、イギリスおよび、オランダ(これはスペイン国王の保護下にあったのだが、独立戦争をしていた)と戦っており、スペインは無敵艦隊以外にも、陸軍も強く「無敵師団」とでもいわれる精強な部隊を擁し各地に派遣しては連戦連勝、という状況だった。

スペインとイギリスの海上の戦いと同時に、オランダの凄惨極める独立戦争にオランダは勝利し、その後、オランダの商船隊が勇躍。
世界を席巻し、オランダが世界の富の中心となる時代が30-40年くらいあった。

しかし、オランダの経済覇権はイギリスの嫉視の的になり、英蘭戦争が生じる。
オランダは戦争に終始消極的であるが、完膚無きまでに負けてしまう。
世界の覇権はイギリスに移る。

ではなぜオランダは経済覇権を失ってしまったのか?

歴史を振り返ってみると、ぞっとするほど経済発展していた日本との共通点があった。
この本はバブル絶頂期に「歴史に学べよ」という意味でオランダの中世〜近代史を振り返った本。

* * *

オランダの凋落として、
・経済発展を第一とし、軍備の拡張について消極的だった。
地方分権的な構造で内紛が常にあり、国と国との間での全面戦争でも、意思統一に時間がかかり一枚板になれなかった。
地政学的に見て、オランダは英国に敵対するデメリット大きい(制海権を抑えられてしまう)
・一国の衰退は他国の繁栄につながるという冷厳なる事実

などがあるようだ。

この辺りの歴史の経緯、公海の自由や経済水域、漁業権、国際収支不均衡、保護主義などの、今では抽象化された政治用語の淵源となっている。
ようするに、漁業権とか公海・領海とかの概念は、この頃にあった生々しい小競り合いの果てに生み出されたわけだ。

* * *

そういう経済強国、軍事軽視の国家オランダの失敗を踏まえて、日本はどうか。

バブルの時、「Noと言える日本」が、流行った。

沈黙の艦隊

沈黙の艦隊

歴史に学ぶという点では、過剰に経済発展を遂げていたあの頃の日本は、非常に危うい状態であったと思う。

あの頃、このままだったら、他国(はっきり言えば、アメリカ)にボコボコにされてしまうぞ、という警告がしきりに出された。
冷戦終わったあとの米国の仮想敵国は日本、という時代は確かにあった。

その頃よく引き合いに出されていたのは、ローマとカルタゴ
それからこのオランダと英国の歴史。ということになる。

現実にはどうか?
日本はアメリカとは戦わなかった。ほどよくお金を巻き上げられはしたけれど、金融・ITの中心はアメリカであり続け、日本は冷戦後の世界に対応できず、オウンゴールのように自らの価値を毀損していったので、世界の盟主アメリカの不興を買うほどではなかった。
負けるが勝ち、という言葉もある。

我々はバブル崩壊から失われた10年とか20年とか30年とかいって、長い下り坂を降りている。
間抜けで、お金も随分スってしまったし、先行きも不安だ。
多分先進国らしさや平等で民主的な国ではなくなるような薄ら寒さはあるけど、
まあ、戦争にならなかったのは、それなりによかったんじゃないかとは思う。

だから、今の僕たちは、バブルの頃の日本ではない。
英蘭戦争のオランダは、もう参考にならない。
沈黙の艦隊』を今観ても、共感はできない。

だから、むしろ前半のオランダの独立戦争の時の、宗主国スペインの容赦ない収奪の方が目を引いたね。
スペインの弾圧は、かなり過酷だったようだ。
スペインから代官として派遣された人たちは、裕福なオランダ商人を、「異教徒」ということで、捕まえまくり、異端審問で拷問しまくり殺しまくり、財産没収しまくり。

「オランダに住んでいるプロテスタントは、全員死刑!」とかそんなおふれだすんだよ。
そりゃ独立戦争するわなあ。

ある家族が審問を受けた。子供に「お父さんはお家でどんな風なの?」

よくできた息子だね。
「私は神に我々を教え導くように、そしてわれわれの罪を許すように祈りました。そして王のためにますますの繁栄と平和を祈り、市の偉い方々についても神がお護りになるように祈りました」と答えた。

はいアウトー!!
スペインはローマカソリックなわけだが、教会に礼拝し、神に祈りをささげる。
カソリックでは神父やローマカソリック教会に従うことが、敬虔な信徒として何よりも重んじられる。
プロテスタントは「教会」に忠誠を誓うのではなく、神の教義を重んじ、自宅に聖書を持ち、聖書の原典の上に立って信仰生活を送る。
ローマ・カソリック教会の説教に出席せず。
自宅で聖書を読んで礼拝していれば、それはもう異端。
したがって、自宅でお祈りをしている時点で、異端。

父と少年はただちに火刑に処せられた。
少年が「天なる父よ、われわれの犠牲を受け給え」と祈ると、僧侶は薪に火をつけながら「お前の父は神ではない。悪魔だ」と叫んだ。
火が回ってくると少年は「お父さん、天国への道が開いて、天使たちがわれわれを讃えているのが見える」と言った。
それに対して僧は「それは嘘だ。地獄が口をあけて永劫の火がお前を焼くのだ」と叫び続けたという。
そして8日後には母親も他の子供も焚殺された。

1980年代には、バブルで金満国家となった日本に警鐘を鳴らす意味で書かれたこの本だけど、まさか本のフォーカスとなりうる英蘭戦争のところではなくて、オランダ独立戦争のところでお腹いっぱいだったよ。

モンティ・パイソンにもでてきた、「スペインの宗教裁判」が、ブラックジョークとして面白いのは、そういう意味があったんだねー。

スペインの異端宗教裁判(その2)モンティ・パイソン