半熟三昧(本とか音楽とか)

半熟ドクター(とはいえ気がつくと医師20年選手だけど)の読んだ本とか音楽とか

『バトルグラウンドワーカーズ』1・2巻

オススメ度 100点
ディストピア度 90点

バトルグラウンドワーカーズ (1) (ビッグコミックス)

バトルグラウンドワーカーズ (1) (ビッグコミックス)

  • 作者:竹良 実
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 2019/08/30
  • メディア: コミック
バトルグラウンドワーカーズ (2) (ビッグコミックス)

バトルグラウンドワーカーズ (2) (ビッグコミックス)

  • 作者:竹良 実
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 2019/11/29
  • メディア: コミック

ちょっと前に、「辺獄のシュヴェスタ」「不朽のフェーネチカ」を読んで結構面白かった。
*1

なので、この竹良実の新刊ということで、バトルグラウンドワーカーズを読んだ。

それは未知の生命体「亞害体」と戦う
人形兵器「RIZE-ライズ-」を遠隔操縦するパイロット職の通知だった。
人類のために立ち上がる者 という意味を込めて命名された「RIZE」。
戦地の最前線で、人々に知られず世界を救う仕事に就いた仁一郎だが…!?

舞台は近未来か現代。
コミュニケーションのとれない異星外生物に侵略を受けている世界。人間側は、侵入する異生物を撃退する公社に勤務するようになる。
遠隔操縦ロボットのパイロットなので、都心にある本部に通勤しつつ、日常生活を営む。
軍隊のような、サラリーマン(というか、アルバイト)のような生活。


まあ、なんつーか、ディストピアなんですわ。
人型兵器とはエヴァンゲリオン的なシンクロ操縦をしているので、ダメージを受けると、苦痛などは肉体に受けることになる。
機体を破壊される前に強制遮断をしなければ、操縦士は心肺停止状態になる(ちなみに強制遮断も5回までしかできない。5回以上やったら、死ぬ事になるんだと思う)
生活が苦しかったり、家族を養わなきゃいけないために、死亡リスクの高い作業に従事する。

辺獄のシュヴェスタ」では、中世の酷薄な生活の空気感描写がすばらしいと思ったけれど、現代においても人生は酷薄でシビアだ。
侵略設定は「エンダーのゲーム」に似ているが、敵よりも味方の人間の方がずっと怖い、ということだろうか。

2巻に入って、話も大きく展開して、今後が楽しみ。

*1:これを読んだきっかけは「乙女戦争」だったように思う。なんだ、ここで紹介していないやつ結構あるな。中世を舞台にした漫画ということでAmazonに勧められたんじゃないかと思う

『よいこの君主論』

オススメ度 100点
裏『もしドラ』度 100点

よいこの君主論 (ちくま文庫)

よいこの君主論 (ちくま文庫)

たろうくん「わかったよ、ふくろう先生。僕もこれから配下の友達の心は恩情ではなく恐怖で縛り付けるようにするよ」
はなこちゃん「私もこれまで通り、愚民どもには恐怖をもって当たることにします」
ふくろう先生「その意気でがんばろうね、二人とも!」

ははは!笑った笑った!
中世イタリアの『マキャベリ』が著した『君主論』。
後世にむけての教訓本として、ビター度が最右翼であるのは、これと『韓非子』ではないかと僕は思っているが、とにかく、人間性悪説による辛辣な人間洞察がウリのこの本。
ただ、冒頭から政体の違いによる統治のコツ、みたいなやつが、とっつきが悪いのだよね。

この本は、以前に『バカダークファンタジーとしての聖書入門』で笑わせてもらった方の本。
halfboileddoc.hatenablog.com

小学校5年生のある教室の中の「覇権」をめぐるという形で、マキャベリ君主論のエッセンスを要所要所に挿入するという、実践的な形式をとっている。
世襲の君主政体』の章の紹介には、ひとし君と同じグループだったけど、クラス替えの時にひとし君だけが別のクラスになってしまったというたかし君を例にあげ、こういう場合、統治形態をむやみに変えようとする事に対する反発が大きい(愚鈍な大衆は変化を嫌う)。

新しく統治した領地の統治法、という例では、男の子グループだったのに、女の子三人のグループを吸収合併したケースを例にあげたり。

  • 反対は厳しく、賛同は弱い
  • 叩くべき相手は少なく、そして叩くときは完膚なきまでに打ちのめす
  • 運命によって君主になったということは、他者に左右されてしまうことでもある
  • 幸運だけで君主になった人には自分の忠実な部下がいない
  • 極悪非道には「良い極悪非道」と「悪い極悪非道」がある
  • 有力者と平民どもは必ず対立関係になる
  • 籠城中は城壁の外にある平民どもの財産、家は田畑などはすべて見捨てるべき
  • 嫌な戦闘を人任せにしていては、統治はできない
  • 悪評について
  • 『政体を守るためにはどうすればよいか』という逆算から行動すべき
  • ケチは多くの人から無用な搾取をしないことで、結果的に『全ての人に恩恵を施している』と言える。
  • 慕われているよりも恐れられていた方が遥かに安全
  • 怖れられることと慕われることは両立し難いけれど、怖れられることと恨みを買わないことなら十分両立できる
  • 自分の立場を守るために必ず味方につけておかなければならない大切な勢力、それが腐敗していたときは、その腐敗を正そうとするのではなく、むしろ自分からその腐敗に染らなければいけないことだってあるんだ
  • 自分より強いものと組んで他者を攻めることは止した方がいい

マキャベリの謂いは、モラルもなく信頼もない中世イタリア諸国家の時代には有効に働いていたと思う。
しかしこれだけSNSやインターネットなどが発達し個人の心情などが昔よりも遥かに広範囲に拡散する現代では、マキャベリの教訓をあまり考えもなしに敷衍すると、時として痛い目にあう可能性もあるだろう。時代にあわせて教訓の本質的な内容をアップデートしないといけないよね。

『死刑 その哲学的考察』

オススメ度 90点
時事ネタ度 90点

死刑 その哲学的考察 (ちくま新書)

死刑 その哲学的考察 (ちくま新書)

つい最近、小郡の母子三人殺害事件の地裁判決がり、死刑の判決が下された。
www.nishinippon.co.jp
というか、裁判員が記者会見していたが、裁判員って、記者会見しなきゃいけないの?*1

日替わりセールで推薦されたのか、それともAmazonに「どうせお前こんなん好きなんやろ?」的に勧められたのかがきっかけ。
時機も良いし、読んでみた。

死刑の議論、死刑の是非については数多くの本が出されている。
が、しかしその多くが「死刑反対」もしくは「死刑賛成」というあらかじめ確定された立場を主張するために書かれたもの。
そこで、哲学的に、というか、歴史的経緯なども抜きにして、死刑という制度そのものを考え直してみようよ、というのがこの本の要旨。

ただ、著述にあたって、筆者は勉強をするわけで、その書き出しはともかく、著述の終わりには実際に死刑についての自己のスタンスを表明する(実際に表明している)わけだし、本当に中立に死刑について思弁しているかどうか、というのはいささか眉唾であるなあと思った。
でもまあ多くの死刑反対派は、欧米の死刑反対の立場のスタンスを借用しているだけだし、死刑賛成派には省察がない、という日本の現状を暗に批判しているのだろうね。

以下、備忘録。

  • 哲学はしばしば抽象的な議論を振りかざすことで、賛否が対立している問題に対し、みずからの立場を曖昧にすることがあるが、そうした逃げはフェアではない。
  • 「死刑は日本の文化」というスタンスで死刑を正当化する論法があるが、そのことによって死刑は正当化されうるのか?
  • 死刑を文化の問題とみなすことはおかしいのではないか。(結局文化相対主義と普遍主義の相克)
  • 文化と人権が対立するとき、なぜ文化を優先するのか
  • ただしそこから自動的に死刑を否定することが普遍的に正しいということにはならない
  • 罰するために命を奪うことが、場合によっては意味をもたないこともあるのではないか(池田小の事件)
  • 死んだほうが楽だと思っている人間にとって、死刑はどこまで刑罰としての意味をもつのだろう
  • 死刑反対派の多くは、死刑を人道的ではないという理由で反対しているから、死刑より厳しい刑罰を考えることをけっして受け入れられない。
  • 犯罪者が望むような刑罰をしても意味があるのか
  • 終身刑は、場合によっては死刑よりも苦痛が大きい
  • 受刑者一人当たりの収容費用には年間約300万円の税金がかかる
  • 死刑によって加害者に報いたいという被害者遺族の応報感情を否定することは実際には不可能
  • 死刑に犯罪抑止力はあるのか?
  • 殺人率が低下しているのに、社会には厳罰化の傾向がうまれている
  • 「死ぬことによってしかつぐなえない罪がある」という道徳命題は、「死ぬつもりなら何をしてもいいだろう」という考えには無力だ。
  • カントの「定言命法」(道徳には根拠がないからこそ、絶対的で普遍的なものなのだ)
  • ベッカリーアの死刑廃止論
  • デリダの「無条件的な赦し」によって死刑を克服しようという議論

この本は、いわゆる事実ベースの、法家的な議論ではない。
数量的な話や諸外国との厳密な比較論をあえて廃し、思弁によって死刑というものの意味を考えようとしてはいる。
哲学的な考察、デリダ、カント、ベッカリーアなどに触れつつ、市井の一般的な感覚からもはずれない。
なかなか含蓄に富んだ本であると思った。

終身刑、もしく懲役300年、みたいに、自分の生命以上の年数を課すような制度がいいのだろうか。
halfboileddoc.hatenablog.com
halfboileddoc.hatenablog.com

あ、ところで、例えば刑期満了前の人が、たとえば重度認知症になり、自己決定権がなくなってしまったら、どうなるんだろう?
そして、ご飯も食べられなくなったら、胃瘻までして生かすんだろうか?それともそれは寿命として看取るんだろうか?
時代変遷もあるとは思うけど、今はどうなっているんでしょうね?

*1:一般人が審理に加担する、という場合は、その匿名性も担保されなければいけないのではないかと思うが…検事だって記者会見はしないのに。マスコミの要請なのかもしれないが、これはどうかと思う

『アイドル、やめました』

オススメ度 90点
ぐっとくる度 90点

アイドル、やめました。 AKB48のセカンドキャリア

アイドル、やめました。 AKB48のセカンドキャリア

  • 作者:大木 亜希子
  • 出版社/メーカー: 宝島社
  • 発売日: 2019/05/23
  • メディア: 単行本

一週間空いちゃいましたね。年末は色々忙しいです。

ちょっと前に雑誌で紹介されていたが、Kindle化はされていなかった。Kindle化をきっかけに、読む。

「あいつより うまいはずだが なぜ売れぬ」
は若い頃の森光子の言葉だそうだ

AKBグループの一つであるSDN48の二期生としてアイドル活動をしていた大木亜希子さんは、引退後、地下アイドルを続けたり、生活のために清掃のアルバイトなどもしていたが、ふとしたことからWebに文章を書くようになり、広告担当の営業として会社員として認められ、ライターとして独り立ちできるまで成長し、ふとアイドル時代を振り返って、アイドルの時にもがき、あがいた経験が、人生の生きる糧になっていることに気づく。

そこで、自分と同じように、アイドル後のセカンドキャリアを生きている人たちへの取材をし、本にまとめたものがこれ。

* * *


アイドルを卒業し、セカンドキャリアとして、バーテンダーであったり、保育士、クリエイター、ラジオ局勤務、アパレル社員など、職業はさまざま。
アイドル卒業のきっかけも、アイドルでは鳴かず飛ばずだった人も、次を考えて転身する人も、これまた様々。

ただ、取材する本人も同じ元アイドルであることもあり、筆致は取材元への誠実さと共感に満ち溢れている。
アイドル業界に身を置き、活動することは、並大抵のメンタルではつとまらないのだろう。どの女の子も、とてつもなく努力をしているであろうことが、伝わってくる。

そう、自分の頭と体しかない女の子がアイドル活動をする、ってことはとてつもなく大変なことなのだ。知力体力時の運。すべてを使う総合戦。
だから、その後のキャリアにおいて、アイドル時代の経験が、別の形で報われる、なんてことはある。
世の中、無駄なことなんてないのだ。

華奢なか弱い女の子達が、必死に頑張る。
なんとか生き抜き、彼女ら自身が選びとった人生をあゆむ様は、いや、なんというか、グッときます。

* * *

考えてみたら、特にやりたいことがないけど、能力があって学校生活では自然と抜きん出た子って、とりあえずはアイドルのようなステージの上の職業に搦め捕られちゃう時代なんだね。21世紀は。

「やりたいことが特にないので、成績がいいから医者になりました」みたいな医者って結構いる。
なんか、アイドルを目指す進路って、それにも似ているような気もした。

『妻語を学ぶ』黒川伊保子

オススメ度 100点
反省度 100点


妻語を学ぶ (幻冬舎新書)

妻語を学ぶ (幻冬舎新書)

以前『妻のトリセツ』を書いた方の著書。妻のトリセツは、読んだことないがまあまあ話題になったような気がする。
妻、に限らず、男女の間では、物事の捉え方に結構差があるので、その性差をわきまえずに人間関係を続けていると、錯誤のもとになりますよ。ということ。なので、男の人は奥様と正しくコミュニケーションしましょうね、という本。めっちゃ実践的なおかつ、全人類の30%くらいに役立つ本だとは思われる。

むかし、性差については「話を聞かない男、地図が読めない女」というのが流行ったが、これはそれを補完するような本。
なんだかんだいって、男女はコミュニケーションがとれなくても、セックスしたりして、結婚まではするわけですよ。
でもその後の長い長い人生の残りを有意義な夫婦生活にするためには、理性が必要なんでしょうなあ。

以下、備忘録。

  • 女性脳は察してもらうことを楽しむ脳
  • 男性は姉たちのいる末っ子長男を、女性は弟や息子を持つ女性たちを観察してみよう。
  • 「好きにしたらいいじゃない」の言葉の意味について
  • 男性脳は成果型、女性脳はプロセス重視型。女性脳は感情で思い出を紡ぐ。
  • 感情が伴うとっさの会話においては女性の多くが心文脈を選び、男性はほとんど事実文脈を採択する。
  • 女性脳とは、共感によって、初めて正常に機能する脳だから
  • 「こと」ではなく気持ちに対してあやまる。
  • 共感する対話では「で、結論は?」「で、何が言いたいの?」「要するに」は言ってはいけない
  • 知らない人や場所のことを延々と語り始めたら「で、きみは?きみは何をしてたの?」ときけばいい
  • 「身の回りの物事への無意識の観察力」については男女脳ではゆうに3倍は違う(家事のような身の回りのとりとめのないタスクについては、男性脳は女性脳よりもはるかに認知度が低い)
  • 「気づいてあげられなくて、ごめん」は天国へのパスワード。「言ってくれればいいのに」は地獄へのパスワード。
  • 世界中の恋愛映画のパターンは、男女の脳が持っている生殖の基本戦略に則っている。
  • 感情攻撃で相手を振り回しすぎる女性は一緒にいる男性の運を下げる(疲れやすくなり、勘が働かなくなる)
  • 女性に大切にされると出世する
  • 女の涙は「心の汗」ととらえて、どうか気にしないで。
  • 恋に落ちる相手とは、そもそも生体としての相性は最悪、その行動は理解に苦しむ相手(生物多様性の論理にのっとって発情する)


男性にとって、女性の心理を比較的わかりやすく説明してくれているので、何度も読み直して叩き込んだ方がいいのかもしれない。

私は三人兄弟の真ん中で、姉と妹がいる。どちらかというとそういう女性脳に共感しやすいたちだと思う。
医療職では女性が多い。当院もご多聞にもれず、多くの女性が活躍しているので、自分としては、例えば朝礼や会議で発言するときに、「共感」形式でスピーチをしていることが多いのだ。(聴衆としては看護師を念頭に置いていることが多い)
それで、実際、自分のスピーチ自体はまあまあ伝わっている感触はあるわけだが、ただ、今回この本を読んで反省するのは、スピーチが基本的に女性の共感にむけているということに無自覚であった、ということだ。
逆に、このスピーチだと、男性には回りくどく、媚びているように受け取られているのかもしれない、と思う。
(実際、男性優位の部署のハンドリングはできていないのではないか、という感はあるのだ)

この本で言いたいことはある程度実践できているのだが、逆に男性にむけたスピーチを考えなければいけないな、と思った。

『しらふで生きる 大酒飲みの決断』町田康

オススメ度 100点
反対側からの貴重な意見度 100点

(最近ハテナBlog併設のAmazonリンクAPIがうまく働かないんですよね)

「くっすん大黒」から愛読させていただいている町田氏。
フィクションとはいえ、作品には酒が随所にでてくるし、主人公は大抵碌に仕事もせず呑んだくれている中年だったりする。そういう破天荒さも含めての作風だと思っていたし、作者もそう公言していた。

ところが。
約30年大酒家であった作者が、実はここ2-3年酒を呑んでいない。と。

この本は、そういう酒好きの人が、酒をやめようと思った心理の動きを綴ったもの。
* * *

私は肝臓専門医でもあるが、アルコール依存症の人を結構よくみている。
*1

基本的に依存症に関しての洞察やリテラルは、治療側からのものがほとんど。
依存症の側からの言説をまとまった形で見ることは少ない。
中島らもの『今夜すべてのバーで』とか、破滅型文豪のエッセイとか、西原理恵子のご主人の事例もあったけれども、基本的には破滅してゆく人の言説であったり、破滅してゆく人を傍観するものであったりで、大酒家の狂気を孕んだ世界から、酒をやめた人間の言説というのはほとんどない。

今回の町田氏の本は、長年アルコールに浸淫してきた人間が、アルコールについてどう考えているのか、延々と、綿々と続く(この辺のダラダラ坂的な文章、実に町田氏らしい。ビジネス本とかなら5ページくらいに集約されそうな内容を100枚くらいにしあげるのが、町田節の真骨頂だ。
市井のアルコール好きの人の一般的感覚をうまく代弁しているのかもしれん、と思わせる、のたりのたりとした文章であった。
あれやこれや理屈をこねまわすが、町田氏はそういう人達の中では抜群に口が立つ訳でね。

大伴旅人になぞらえる、だとか「いずれ死ぬのに節制など卑怯じゃないか」とか、酒を飲む楽しみを「奪われる権利」というのはないんじゃないか、とか。

「人、酒を飲む、酒、酒を飲む、酒、人を飲む」

そもそも人生というのは楽しいものではない、と考えるべきだ。
禁酒に対して、心理的な「酒を飲む楽しみを奪われる」とか、そういう考え方をしてはいけない。とやめられない。
酒を飲もうが飲むまいが、人生は楽しく、有意義なものではないのだ。

という、当たり前ではあるが、超クールな卓見によって、町田氏は、酒を飲まないことを決意し、爾来飲酒していない。

その効用についても後半20%くらいで詳しく書かれていた。

あとは戦術的な部分、酒飲みのTIPSもある。

  • 節酒はなかなか難しいんじゃないか、というのが酒飲みとしての意見だ。
  • また、断酒会というものも、連帯感という意味では大事だが、相容れない人間が徒党を組むことの難しさや、組織化されると、飲酒をやめるという目的ではなくて組織を存続することが目的におきかわるんじゃないか、と述べている。(ま、これは一匹オオカミの町田氏らしい考えだとは思うけど)。
  • 禁酒宣言自体は、結構危険だ。と思う(町田氏の場合は酒をやめてから一年くらいしてから家族にも言うようになったらしい。まあ家族はそりゃ気づいていたとは思うが)

いずれにしろ、アルコール依存の世界は、治療者には、よくわからない。
アルコールの世界に行ってしまっている人は、言葉の闊達さがだいぶ奪われているから。
町田氏のこの本は、かなり興味深かった。ただ、普遍性があるのかどうかは、ちょっとわからないが。
*2

*1:精神科ではないので、治療に限界はある。喜んで診ているわけでもなく、しかし依存症の人たちのアクセスしにくさからすると一般医家が依存をみることには意義はあると思っている。何しろ受診してもらいやすいからね

*2:個人的には、観音が最下層・最底辺の人間として現れる話が、語りの中で出てきたのがちょっと印象的だった。

『ジャズの「ノリ」を科学する』

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(表紙画像)
オススメ度 100点
ジャズ研は各部一部ずつ購入すべし度 100点

ジャズ演奏者は必見のこの書だといいましょう。
九州でピアニストとして活躍するハイアマチュアの医師の先生の作品。

簡単にいうと、音源をスペクトル分析してベース、ドラム、フロント楽器が、どのようなリズム、テンポで音符を刻んでいるのか(つまり、プレイヤーがどういう風にフレージングしているのか)を数値化した研究。

結果は非常に面白いものだった。

スウィング時代=(Coleman Hawkinsを代表とする)はある完成したイディオムがある。
チャーリーパーカー のリズムの作り方はそれとは全く違う。
レスターヤングは、コールマン・ホーキンスとパーカーの中間。
マイルスは、タイミングとしてはチャーリーパーカーに似ているが、
その後、さらにBirth of the Coolの時代に、それを進化させたリズムを決定づけ、これがハードバップ期のリズムの原型になった。
ということだ。

スウィングでは、裏がレイドバックし、頭拍と裏拍の比率が、2:1とか3:2とかそういう決まった拍子で、グループが作られる。0-0.65-1みたいなタイミングで裏がある。つまり、裏拍と表拍の比率は 65:35という感じ。

ところが、バップでは、頭拍も裏拍も長さとしては、ほぼイーブン。ただし、頭のタイミングは、表拍はベースが鳴ったあと0.2拍後、裏拍は0.7拍 (0-0.2-0.7-1)という格好になっているらしい。

ええー?
実はバップで、表裏がスイングせずイーブンになる、しかしクラシックのイーブンとは確実に異なる、というのは気づいていた。しかし表拍がレイドバックしているとは思わなかった。
(なんとなくモノホンのモノマネでやっていたので)
タイミングとしてはスウィング以上にベースからはレイドバックしているけど、アーティキュレーションはイーブンという演奏の達意が、数値によって示されるとは…

でも確かに、この事実を目にすると、今までの謎が解ける。
 なるほど。なるほど。

ただ、学術論文として批判というか、意見をするとすれば、この研究では、BPMによらず、プレイヤーみは固有のハネ値(表拍・裏拍のポイント)があるという前提で解析しているけれど、裏拍の位置は比率だけではなく、絶対的な時間としても規定しうると思う。つまり、BPMが速い曲と遅い曲では、固有値からずれるはずなのである。その辺りは今後の研究を待ちたいところだ。

ジャズ研は、各部に一つは置いた方がいい。
すごく重要な事実が書かれていると思う。