半熟三昧(本とか音楽とか)

半熟ドクター(とはいえ気がつくと医師20年選手だけど)の読んだ本とか音楽とか

『死刑 その哲学的考察』

オススメ度 90点
時事ネタ度 90点

死刑 その哲学的考察 (ちくま新書)

死刑 その哲学的考察 (ちくま新書)

つい最近、小郡の母子三人殺害事件の地裁判決がり、死刑の判決が下された。
www.nishinippon.co.jp
というか、裁判員が記者会見していたが、裁判員って、記者会見しなきゃいけないの?*1

日替わりセールで推薦されたのか、それともAmazonに「どうせお前こんなん好きなんやろ?」的に勧められたのかがきっかけ。
時機も良いし、読んでみた。

死刑の議論、死刑の是非については数多くの本が出されている。
が、しかしその多くが「死刑反対」もしくは「死刑賛成」というあらかじめ確定された立場を主張するために書かれたもの。
そこで、哲学的に、というか、歴史的経緯なども抜きにして、死刑という制度そのものを考え直してみようよ、というのがこの本の要旨。

ただ、著述にあたって、筆者は勉強をするわけで、その書き出しはともかく、著述の終わりには実際に死刑についての自己のスタンスを表明する(実際に表明している)わけだし、本当に中立に死刑について思弁しているかどうか、というのはいささか眉唾であるなあと思った。
でもまあ多くの死刑反対派は、欧米の死刑反対の立場のスタンスを借用しているだけだし、死刑賛成派には省察がない、という日本の現状を暗に批判しているのだろうね。

以下、備忘録。

  • 哲学はしばしば抽象的な議論を振りかざすことで、賛否が対立している問題に対し、みずからの立場を曖昧にすることがあるが、そうした逃げはフェアではない。
  • 「死刑は日本の文化」というスタンスで死刑を正当化する論法があるが、そのことによって死刑は正当化されうるのか?
  • 死刑を文化の問題とみなすことはおかしいのではないか。(結局文化相対主義と普遍主義の相克)
  • 文化と人権が対立するとき、なぜ文化を優先するのか
  • ただしそこから自動的に死刑を否定することが普遍的に正しいということにはならない
  • 罰するために命を奪うことが、場合によっては意味をもたないこともあるのではないか(池田小の事件)
  • 死んだほうが楽だと思っている人間にとって、死刑はどこまで刑罰としての意味をもつのだろう
  • 死刑反対派の多くは、死刑を人道的ではないという理由で反対しているから、死刑より厳しい刑罰を考えることをけっして受け入れられない。
  • 犯罪者が望むような刑罰をしても意味があるのか
  • 終身刑は、場合によっては死刑よりも苦痛が大きい
  • 受刑者一人当たりの収容費用には年間約300万円の税金がかかる
  • 死刑によって加害者に報いたいという被害者遺族の応報感情を否定することは実際には不可能
  • 死刑に犯罪抑止力はあるのか?
  • 殺人率が低下しているのに、社会には厳罰化の傾向がうまれている
  • 「死ぬことによってしかつぐなえない罪がある」という道徳命題は、「死ぬつもりなら何をしてもいいだろう」という考えには無力だ。
  • カントの「定言命法」(道徳には根拠がないからこそ、絶対的で普遍的なものなのだ)
  • ベッカリーアの死刑廃止論
  • デリダの「無条件的な赦し」によって死刑を克服しようという議論

この本は、いわゆる事実ベースの、法家的な議論ではない。
数量的な話や諸外国との厳密な比較論をあえて廃し、思弁によって死刑というものの意味を考えようとしてはいる。
哲学的な考察、デリダ、カント、ベッカリーアなどに触れつつ、市井の一般的な感覚からもはずれない。
なかなか含蓄に富んだ本であると思った。

終身刑、もしく懲役300年、みたいに、自分の生命以上の年数を課すような制度がいいのだろうか。
halfboileddoc.hatenablog.com
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あ、ところで、例えば刑期満了前の人が、たとえば重度認知症になり、自己決定権がなくなってしまったら、どうなるんだろう?
そして、ご飯も食べられなくなったら、胃瘻までして生かすんだろうか?それともそれは寿命として看取るんだろうか?
時代変遷もあるとは思うけど、今はどうなっているんでしょうね?

*1:一般人が審理に加担する、という場合は、その匿名性も担保されなければいけないのではないかと思うが…検事だって記者会見はしないのに。マスコミの要請なのかもしれないが、これはどうかと思う