半熟三昧(本とか音楽とか)

半熟ドクター(とはいえ気がつくと医師20年選手だけど)の読んだ本とか音楽とか

『日本をゆっくり走ってみたよ』吉本浩二!

うわ、うわうわ、うわーっ!

以前に『定額制夫のこづかい万歳』を取り上げた。
halfboileddoc.hatenablog.com
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吉本浩二氏はいくつか読んでいて『ブラック・ジャック創作秘話〜手塚治虫物語』とか、聴覚障害ドキュメント『淋しいのはアンタだけじゃない』はいささか感動した。真に迫るドキュメントがとにかく上手い人。
自分をさらけ出す姿勢も『こづかい万歳』でみせつけられた。

しかし、その前身とも言えるこの作品には度肝を抜かれた。
うわーっ!という感じ。

中年男36歳。独身。
漫画の連載も終わり、することがなくなった彼は、飲み会で会って「ちょっといいな」と思った人を思い出す。
実家に帰ってしまったそれほど親しくもない若い女性『Eさん』に告白しようと思い立つ。
そのきっかけというか『バイクで日本一周』を目標とし、それが成就したら告白しよう!と、まことに自分勝手な考えで、バイクツーリングに出かける。
 この時点で、Eさんは、目標でしかなく、同じ人間として等身大のコミュニケーション不在。
しかし、男って、大なり小なり、この相手不在の行動をとってしまいがちな気もする(特に昭和の男は)。

日本の各地をバイクで回る。
けど、まあ別に社交的でもない非リア充の独身中年の旅なんて、撮れ高がよくない……はずが、
この吉本さん、誘蛾灯のようにちょっとアレな人々を引き寄せ、独特の視点と行動で活写される。
ちょい低めの独特の視点で日本の各地を、ある種の地獄めぐり。

なんかひとまわりくらい下の憧れの女性に告白するための旅なのに、途中で手コキ風俗みたいなところでガス抜きしちゃったり、友人とソープいこうとしたり。沖縄でソープいっちゃったり。
いや、それを「ああ、この旅が終わったら、僕はEさんと……」みたいな清純なこと言うてるわりにしっかりと漫画に描いちゃう。
これ絶対描いちゃだけなやつでしょ!って思うけれど、そういうところも描き切るところに、吉本氏の表現者としての突き抜け感を感じた。すごい。ほんますごい。

男の「気持ち悪さ」みたいなものを、煮出したような描写。食傷しつつ、そういうエッセンスは自分にも間違いなくあるのである。
そういう意味で、非常に心を(バッドな感じに)揺さぶられる作品でした。
相手がその気でもない女性に自分の性欲をぶつけた恥ずかしい過去を思い出して死にたくなる。

Eさんは、プロフィールは微妙にぼかして、周りには知れないように配慮はされている。
が、当のEさんは、この漫画を読んで、どう感じたんだろうか?
まあそこまで関わっていなかったから、オーライだったのかもしれない。
 綺麗な女性は、なんだかんだいって、脈無し男性の求愛行動に慣れてはいるものだし(いやだろうけど)。

それにしても、男と女のディスコミュニケーションをここまで描き切った作品もないだろう。とは思う。
しかし、さらにいうと、そこまで縁のない人間に自慰を見せつけるかのような作品なので、これはこれで、ディスコミュニケーションというよりは、さらにひねりを加えた変態なのかもしれない。

生きるに際して、恥ずかしいってことはいくらでもある。
お金があったってなくたって、地位があってもなくても、生きてゆくかぎり、醜さはある。
キレイゴトを廃してそういう醜さを描き切ると、それはそれで、すがすがしさがあったりもする。
中年の地獄というのを描いた作品としては、出色のものかも。


ちなみに女性の業などの地獄を描いた作品ってなんだろう…と思って、真っ先に思いついたのは中村うさぎ