途上国への援助・開発に携わっている方々の知見をまとめたもの。
貧困研究は、ここまで進んだ! 食糧、医療、教育、家族、マイクロ融資、貯蓄……世界の貧困問題をサイエンスする新・経済学。W・イースタリーやJ・サックスらの図式的な見方(市場 vs 政府)を越えて、ランダム化対照試行(RCT)といわれる、精緻なフィールド実験が、丹念に解決策を明らかにしていきます。
日本にのうのうと住んでいる僕らはこのような開発途上国の実情というのはわからないわけだけれども、
まあ、先進国で中産階級として生きてきた人の「常識」というのは、あまりあてはまらない。
途上国での開発問題は、非常に難しく、思ったようには身を結ばないようだ。
そもそも世界の貧困問題の専門家には対立する2派があるらしい。
ひとつがジェフリー・サックスに代表される「貧困の罠」論者。この罠から抜け出すための富裕国からの援助が必要だという人たち。
ひとつがウィリアム・イースタリーに代表される海外援助反対論者。援助は地元の制度を歪ませ自立を阻むという考え方。
この本では、この二つの立場を尊重しつつ、現実は予想通りにいかないということを豊富な実例とエビデンスをもとに紹介している。
それぞれの章で食事・医療(くらし)・教育・大家族(子供)・貯金・ビジネスなどそれぞれのカテゴリーごとに膨大な実証を引用しつつ、論じられている。
一読した結論は「貧困対策は難しい…」ということ。
大抵、貧困で困っている方々の状況をくみ取り、情報を聞き、それに沿うように対策をたてて、政策を作るわけだけれども、
思った結論にいかない、という例がとても多い。
貧困状態にある場合、とりまかれている状況や情報の非対称性なども大きいためか、意思決定のプロセスがだいぶ違うように思われる。
それは、別の階層からみれば「貧困の不作為」であるとか「怠惰」であるとか「愚か」であるとかそう言うふうにとられやすいが、どうやらそうではなさそうだぞ…ということが豊富な実例でみてとれる。
読んでいて、仕事で「生活保護」の方に接した時のモヤモヤした感じに非常に似ていると思った。
そう。日本においては「生活保護」世帯の方は、この開発途上国の貧困層の方に、おそらく置かれた状況が似ているがために、やはり意思決定のプロセスの「ゆがみ」が似ている印象がある。
例えば、生活保護の人がタバコを吸ったりギャンブルを吸ったりするのがけしからんという意見があったりして、過激な意見では金銭を支給せず「フードスタンプ」のような必須の食事を支給するようなことをしたらいいのではないか?という意見もよくある。
ただ、この話は世界共通の話で、最貧国で最低の階層、1日1ドル以下で過ごしている人でさえも、必須の栄養(安い炭水化物)にお金を費やしているわけではなく、やはり、酒やギャンブル、タバコなどの支出が少なからぬ比率を占めるという。そしてこうした人々に援助を行っても、そのお金を主食に費やすわけではなく、摂取カロリーが増えないらしい(タンパク質の比率が増えてカロリーベース以外では質の向上はあるらしい)
医療に関してもそうで、貧困層の方々は、疾病や怪我に対する手術や薬に関しては大金を支払う傾向にあるが、例えば非常に安価ではあるが健康に対する効果の多い施策(例えばワクチン接種)については無関心である比率が高い。こんなのも、世界の話ではなく日本でも共通しているように思われる。
逆にいうと、生活保護の方、生活保護世帯の方々の行動や言動に対して、みんな割と自分の立場で批判をしがちではあるが、
おそらく、意思決定に必要な諸条件が、我々とは全く違うということを、もう少し考えた方がいいように思う。
X(旧Twitter)とかみていると、生活保護の方に対する侮蔑的な視線・コメントというのをふんだんに見ることができるが、
たとえば、病院の地域連携室や市の生活福祉課で実際に生活保護の方と接することの多いような職種の人は、少なくともこの本に書かれている内容くらいは一度は読んでいて損はないなあと思った。
かなり膨大で高度な内容ではあり、僕にとっても理解は難しい内容ではあった(というよりは、目から鱗が落ちる、的な本ではないから)が、生活保護の方に対して通俗的なイメージが悪すぎるので、こういう開発援助の方々がすでに経験されているこういった「矛盾」というのは知っておいた方がいいと思う。
ただ、「貧乏人の経済学」というタイトルはいかがなものかと思う。
なかなか人に勧めにくいし、本のタイトル自体がかなり議論を呼びそうだし。