半熟三昧(本とか音楽とか)

半熟ドクター(とはいえ気がつくと医師20年選手だけど)の読んだ本とか音楽とか

『鬱屈精神科医、占いにすがる』

オススメ度 100点
クールな春日氏が、ここまでさらけ出すのか…とびっくりした度 100点

鬱屈精神科医、占いにすがる

鬱屈精神科医、占いにすがる


私は神戸大学出身ということもあり、精神科医の文筆家のロールモデル中井久夫先生なのである。豊穣な教養に裏打ちされた修辞の数々。鋭い視点と暖かい眼差し。
精神科医が、というよりは、昭和の教養人が精神科もやっているように思われた。
(中井先生については色々エピソードもあるが今回は省略)。

春日武彦氏は私が医師になってから文筆家として見かけるようになった。SPAとかよく読んでたし、著作も勢力的にしていたし、雑誌のコメントなども含め、フットワークが軽い印象を受ける。

しかし一般紙での精神科医のスタンスって結構難しそうだ。
知的さとポピュラリティとはトレードオフの関係にあるから。
TVにでてコメントをしたりするような(例えば香山リカとか)場合、視聴者がわかる程度の話をしなければいけない。雑誌にしてもそうだ。部数の多い雑誌では、噛み砕いた受け取りやすいことを伝えなければいけない。そういう場合は、専門家の中では電波芸者だと侮られる。

前述の中井久夫氏はみすず書房で格調高い文章を書き続け、メディア露出は慎重にさけていたように思われる。自分の言いたいことは書くけれども、訊かれたことには答えない、というか訊かれないようなポジショニングを続け、ブランドの価値を損なうことなく文筆家人生を終えた。

僕の思うに、春日氏は、そういうタイプではないものの、メディアの需要にはフットワークよく応えているわりに、まずまずこのバランスは保たれていたように思う。低めギリギリのところに入るストライクボール、のようなうまさがあった。

halfboileddoc.hatenablog.com
ずいぶん昔に春日氏の著作を読んだ時の感想。なんかえらく突き放した書き方をしていますね。苦笑。

が、実際、僕からみてとてもうまく遊泳していると思っていた春日氏は、文筆家としての自分のありようと精神科医としての自分のありようの中で、ミッドライフクライシスのような手詰まり感を感じていたようだ。
この本の前段では、そのような今の自分の不全感が延々と語られる。
この辺りは「しかし春日さん、まずまず幸せな人生なんじゃないの?」と(本人も客観的にはそうだと認めている)思うけど、どんな人にも地獄はあるのだ。ブッダだってそうだもんね。僕も僕なりに地獄はある。
でも、この自分なりの地獄描写は、さすがだ。「最強伝説黒沢」の第1巻冒頭をみているようだ。

そして、何かしてみよう、という足掻きの中で、あろうことか『占い』を体験してみようとする。
本人にとっては、相当な覚悟(多分精神科医の心性のあり方からいうと、正気の沙汰ではないと受け取られかねない)をもっての行動だ。

結論としては、占いを受けることで、春日氏は自己分析の世界におりてゆく。
母との関係性などについての赤裸々な告白が語られる(おそらく本人にとっては切実なことで公開には相当な決断を要したはずだ)
で、その「不安感と不全感と迷い」に精神を覆い尽くされた状態の原因の根っこが母子関係から形成された精神のありようにある、という。クールで理知的に見える春日氏の根本姿勢が、実は母子関係不安から来ているのだとは……
岸田秀氏の母子関係にも似ているのかなあと思った。

この作品では、自分をさらけ出すということを意識的にしているため、ある種文学的な香気をまとうことに成功している。読みながら思わずドキドキしてしまった。

全く、こういうメンタリティ、ひとごとではない。
理知的でアイロニカルに見える大人(私もそういうカテゴリーの隅っこに多分いる)の精神を開陳してみれば、そこには多分に幼児性を持ったナイーブの精神の叫びが、こじらせた行動にでているのだろう。