オススメ度 90点
ヲタク文芸批評の超進化版度 90点

- 作者:宇野 常寛
- 発売日: 2015/04/10
- メディア: 文庫
宇野常寛については、リアルタイムから少し遅れて
halfboileddoc.hatenablog.com
この『ゼロ年代の想像力』を読んだのが僕の中の初体験だった。
リトル・ピープルは、村上春樹の『1Q84』に出てくる存在である。
「リトル・ピープル」を現代のイコンとして思考の補助線として現代のカルチャーを再論考した本。
簡単にいうと、これまでの近現代は、ジョージ・オーウェル『1984』で描かれた時代だった。
ビッグ・ブラザーというのが作中描かれるが、要するに権力が一極集中していて、権力の主体がよく見える時代。
二大勢力が冷戦という形で世界の覇権を争っている時代。
果たして核戦争になって、終末を迎えるのか、それとも…
という、よくもわるくも権力構造は明確で、緊張感はあった。
ビッグブラザーは、権力に擬似人格としてとらえることができる、という意味での安心感はあった。
しかし現在は、冷戦も終わり、価値観の対立もなく、大きな時代の転回点が今後あるのかどうかわからない。
我々は終わりなき日常を生きなければいけない。
もちろん、平和な日常を謳歌することはいいことだ。
しかしそういう時代に、我々は何を目標にしていけばいいのか?
村上春樹『1Q84』にあるような『リトル・ピープル』の時代。
権力のヒエラルキーが明確でない、分散された権力構造の時代。
私たちの世界そのものを揺るがしうる大きな、とてつもなく大きな存在でありながら、世界の外ではなく中に存在するもの。
そして人格を持たず、物語を語らず、理解できないもの。
現代では、グローバル資本主義というシステムは物語をもたず、非人格的な構造のみで、擬似人格として可視化することはできない。
そういう世界像の変化の中で、日本におけるサブカルチャーがどのような変遷を遂げたのか?
という話。
* * *
とはいえ、宇野言説の強みは、こうした現代社会の世相を切り込みながら、対象は僕らのしっているテレビ番組とか、アニメとか特撮だったりする。
ま、これは例えば、19世紀の自然科学を根底から変えてしまった、チャールズ・ダーウィンの『種の起源』が、ハチドリの多様性とか、ミミズとか、そういう各論で成り立っていて、容易に全貌を見出しにくいのと、似てはいる。少しケレン味のある描写方法だと思う。
「ヒーローもの」の総括としては、ウルトラマン→仮面ライダーの変化に焦点を当てている。
平成ライダーシリーズは、簡単な勧善懲悪ものではなく、価値観の相対化、評価軸の多元化がたしかに特徴であった。
これを、数年分のライダーシリーズ、ヒーロー戦隊シリーズの対比を行いつつ論考している部分は、文芸批評の白眉であると思った。
巻末には、AKBの売り方や方向性についても言及されていたし、また、ノーラン監督の『ダークナイト』などに対する考察も面白かった。
メディアにでている物語は、我々の傾向や考えを反映している。
そのリアルワールドの事象を壁に映したイデアがメディアの上の物語なのだから。
* * *
基本的には、自分の好きなものを論考に難しい文学理論などを引用する、というオタク芸の様式美をなぞっているものの、内容はかなりディープな現代文芸批評になっており、読み応えがある。
ハルヒの受容のされかたから木更津キャッツアイに至る、仮想現実(VR)から拡張現実(AR)への変化の論考も面白かった。
文章も、語彙のレベルも高く、わかりやすいとは言えないが、知的興味を喚起させられる文章であることはたしか。