オススメ度 80点
美しい自然度 80点
- 作者:矢口 高雄
- 発売日: 2019/06/17
- メディア: 文庫
カラテ地獄変を読むのをきっかけに加入したKindle Unlimited。
Amazonで領収書を漁っている合間に目に留まったので読んでみることにした。
昭和30年代か40年代か、秋田か岩手だか、東北の寒村が舞台。
ヨーロッパ絵画史には「写実主義」というものがあって、それまでは神話時代とかキリスト教寓話を題材にした絵が中心だったが、産業革命と資本主義の発達と中産階級の台頭で絵画のクライアントがかわったことによって、特にインスタ映えしないような(笑)なんでもない風景を描写したり(これは広義の印象派)、昔は描かれなかった(=というのは貴族の視界には入ってこなかったから)労働者の作業風景とかを描くという風潮が生まれた。
この漫画は、東北のなんでもない村の生活を活写した点で、ヨーロッパ絵画史の「写実主義」に近いスタンスでとらえると理解しやすい。
日本の漫画の歴史で言えば、漫画の神様『手塚治虫』によるルネッサンスを経て、劇画やギャグ漫画など漫画の多様化の一つとして、こういう流れがあったのだろう。東北のなんでもない一日を、特にストーリーの起承転結も淡く緩やかに描くというのは、漫画の新たな到達点であったように思う。
実は僕は矢口高雄は割と苦手だった。
矢口高雄の代表作『釣りキチ三平』が流行ったのは僕が小学生の時代。
その頃は(今もだが)コミュ障で、家でも漫画をそんなに読まない家だったので、同級生が嬉々として語る釣りキチ三平についていけなかった思い出がある。
釣りのお誘いも人生の中で何度かあったけれども、そういう幼少期の蹉跌からもあり、あまり食指が動かされなかった。
*1
今うちの職場では海釣り好きな先生を中心に「釣り部」が作られて、職場の人間関係にもいい影響を及ぼしているのだが、そこの輪にも加われない心理の中には矢口高雄トラウマが10%くらいあるかもしれない。
漫画は背景画がとにかく美しい。
ストーリーは淡々とした東北農民の日常が描写される。
ただ、その当時の東北農民の窮状は、答え合わせとしての現在を知っている身にはなかなかつらい話である。
一人息子の悲恋(お互いに跡取り同士で結婚できない)と新しい恋(東京に出稼ぎに行っていた会社の社長令嬢が追いかけてきた)が描かれているのだが、跡取りとか婿養子とかどうでもよく、村が亡くなるレベルまで過疎化が進むという未来が待っているなら、最初の悲恋を成就させたらんかい、という気持ちになってしまう。
平成を越え、令和の時代に読み直すと、滅びの文学という要素も付与されて読めると思う。
*1:まあ、基本出不精なので、言い訳にすぎないかもしれない。それに船酔いがひどいというのもある