半熟三昧(本とか音楽とか)

半熟ドクター(とはいえ気がつくと医師20年選手だけど)の読んだ本とか音楽とか

『夜の歌』なかにし礼

オススメ度 100点
地獄っぷり度 100点

夜の歌

夜の歌

「孤独になることよ。才能というのものは、絶対に俗世間には転がっていないものです。才能が欲しいなら、その才能にふさわしい魔物になるしかないのです」


同じ地域のジャズマン(三輪酒造の三輪さん。お酒好きな方には、神石の銘酒「神雷」の蔵元といえばわかりやすいでしょうか)がFacebookで言及していたので読んでみた。
shinrai-1716.com

ダンテ「神曲」をどことなく連想させる導入部と暗転。
ただし、移動してゆくのは地獄ではなく、筆者の幼少期や青年期の追体験
TBSのプロデューサー久世光彦氏に「影を売った男」と喝破された、なかにし礼のバックグラウンド・ストーリーを掘り下げてゆく自伝小説。

満州からの引き揚げ・避難生活の価値転倒のショック、避難民の収容所に女性を求めにくるソ連兵。集団の中から人身御供として差し出され輪姦される女性。父の自殺に近いような行動、特殊任務を帯びた室田氏と母の恋愛。引き揚げ者に特有の虚無感と社会に対する潜在的な不信感が醸成されるのも無理はない。戦争の波頭に翻弄されるというのは、こういうことか。

ただ、小説を読み進んで、平和な世の中で、成功したあとにやってくる地獄の方が凄惨だ。
なかにし礼氏が成功者となったあと、実兄にたかられるくだりの方が、人生の試練としては厳しいと思った。

戦争もひどいけど、まあみんなひどい目にあっているわけだし。
成功者として富をなし、華やかな芸能界に身をおいた生活に地獄のような底なし沼がある方が、より凄惨ではないか。

* * *

昭和の歌謡界には、今の音楽業界とは違って、まだ戦争の爪痕が残っていたし、ヤクザとか闇社会とのつながりも多分にある魑魅魍魎の世界だったんだろう。合掌、合掌……

というか、
なかにし礼って、まだ生きてるんだ!
というのが、読後の感想。

いや不謹慎で失礼。
日本芸能史の歴史上の人物なので、もうとっくに鬼籍に入っていたのだと思っていた。*1

ズシンと腹にくる小説でした。

*1:多分阿久悠と混同していたのだと思う