半熟三昧(本とか音楽とか)

半熟ドクター(とはいえ気がつくと医師20年選手だけど)の読んだ本とか音楽とか

『孤独のグルメ』漫画版とTV版は 独白の偏差値がことなる

最近、アマプラで『孤独のグルメ』を延々とみている。

団塊ジュニア世代でSPA!愛読者だった、といえばまあステレオタイプだと思うが、不定期連載の孤独のグルメは読んでいた。
谷口ジローの画力と侘び寂びの無駄遣いともいえる、アンチグルメ漫画
それだけに「食う」ということへの根源的な問いかけがあったように思う。(バブルから就職氷河期の価値転換期には一層の意義があったと思う)

とはいえ、谷口ジロー氏も鬼籍に入ってしまったし、漫画版『孤独のグルメ』は閉じた環の中に入ってしまった。
対して、ドラマ版『孤独のグルメ』はもう第8シリーズに入り、安定感も半端ない。

漫画とドラマの違いについては、いろいろ思うところもあるが、
saihate510.blog22.fc2.com
このサイトの論考に全面的に賛成する。

私が思ったことは、

  • ドラマもそう古いものではないのだが、店内喫煙だったり、ところどころに『これだから女は…』みたいな台詞があったりして、今の基準だとちょっとアウトなのかなあというコメントが初期シリーズにはあった。
  • ドラマ第一シリーズでは、まあまあ原作のセリフ回しに近いような言い方を主人公松重さんもしていたが、第三シリーズの途中くらいから、松重さんがアテレコで吹き込んでいる心中の独白、原作に寄せるのをやめて、ドラマ版ならではの独白台詞にかわったような気がする。端的にいうと、ちょっとでも文学的な感じをやめて、思っていることをフランクにしゃべるスタイルにかわった。口さがなくいうと、喋りの「偏差値」がさがった。「うまし」とかの特徴のある台詞回しも増えたし、ダジャレも増えた。

 表面上は無口で寡黙なおじさん、しかし内面ではしゃべりまくっているという感じになって、原作の持つ「孤独感」の若干ネガティブな感じは消えて、あくまで「お一人様」を楽しむ小心者のおじさん、という風なキャラになった。

 でも、ドラマで続けてゆくにはその方が良かったんだと思う。
 良くも悪くもこういう風に「型」が決まって、ドラマとしては安定した。

 地元のなんでもない食堂に脚光を当てる、という意味では、ドラマ版『孤独のグルメ』の意味合いも大きいと思う。
 それにしても、谷口ジローの描写はおおよそ漫画の定型ではなく、リアリズムを志向していたのに、ドラマ版の松重氏の演技には漫符的な表現が横溢
しているのは、おもしろいことだ。そういう意味では「食の軍師」のドラマ化なんじゃないかと言いたくなる気持ちもある。