半熟三昧(本とか音楽とか)

半熟ドクター(とはいえ気がつくと医師20年選手だけど)の読んだ本とか音楽とか

『開業医やってみたけどダメでした』大友まさと

オススメ度 90点
これでも難しいんか…度 100点

Kindle Unlimitedにて。
誰かのTwitterを拝見して興味があったので読んでみた。インディーズ書籍、ということだと思う。

少し私より年上の内科の先生。
開業し15年続けたけど、今ひとつ展望が見えないので閉院させた経緯を語る。

立地ははっきりわからないけど、多分首都圏なんだろうね。

定見なく開業した先生がどえらい目に遇うというのは、「がんばれ猫山先生」で、可愛らしいタッチとは裏腹にえげつない現実が赤裸々に描かれたのをみたことがあるかもしれない。

がんばれ!猫山先生 (1)

がんばれ!猫山先生 (1)

  • 発売日: 2008/10/01
  • メディア: 単行本
(医事新報社からの刊行でKindle化もされていないし、一冊が高い。ぜひKindle化してほしい)

この本の主人公の先生は徹底した第一人称なので、客観的にどうなのかはわからないけど、結構色々考えて周到に準備をして開業に臨んでいるように思える。後付けだから明晰に語れるのかもしれない。でも開業を見据えて研修医の時代から必要なスキルを習得しようとしていたり、足跡をみていても、開業医に向かないキャリアを積んだとは思わない。
それでもウハクリは難しいのか…

反省点も含めて、フェアに現実を語っているように思われる。
介護と在宅往診という流行りの方に舵を切って行かなかった(そしておそらくそれが閉院の原因だとは思う)のは、やはりご本人の嗜好なんだろうか。急性期病院でも複数科を経験し、クリニックでできる手技も相応にレパートリーにあったのがアダになったのかもしれない。

状況の客観視もできているし、わかりやすい開業失敗事例ではない。
むしろ聡明な方ではないかと思われる。
逆に聡明なだけに「バカ」をやれなかった、ということなんでしょうか…

女優が、映画のストーリーのために臆面もなく脱ぐことができるかどうか、みたいなもんで、基幹病院の仕事と違って「これは医者がすべきじゃないことなんじゃ?」ってやつを臆面もなくできるかどうか。
いや、違うな。
この方は採血や注射も看護師を雇わずに医者が一人でやればいい。掃除や挨拶も医者がやればいい、とまで言い切っておられるので、そこは割り切れている。

多分比較優位論というか、割り切って人に任せるべきところをさえも任せられなかったのが原因かもしれない。確かに人を雇わなければ赤字にはならない。けれど、その仕事は所詮は時給千円の仕事だ。
それを自分でやるうちは生産性は上がらない。
損をしないでおこうという考えにとらわれすぎると、儲けられないのだろうと思う。
防御にパラメーターを振りすぎたのではないかなあ。

奥様が事務長というのも、堅実なやり方だ。
だけど企業として一皮剥けるのにはマイナスだったかもしれない。
家庭を守るために必要なことと、企業として業績を伸ばすために必要なエッセンスは違うからね。
この面でも守りが悪い方にでたのだと思う。

* * *

私はこのかたのように開業志向ですらなかったわけだけど、実家の病院を継がなきゃいけないから継いだ。
(継がなくてもよかったのかもしれないが、見渡した中で自分が一番適性があると思ったから。)
だから医者としてみると、キャリアといい資格といい、この方のほうがよっぽど開業医として必要なスペックが整っている。
だけど、それでもうまくいかない時はうまくいかないのだな、と居住まいを正されるような気がした。