- 作者: ダニエルキイス,Daniel Keyes,小尾芙佐
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 1999/10/01
- メディア: 文庫
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僕は中学生くらいからSF好きですが、この『アルジャーノンに花束を(以下アルジャーノン)』に関しては、初めてその存在を知ったのは姉が買ってきたハードカバーでした。
ぼくんちにはハヤカワのSF文庫が結構あって、書棚の一角をどーんと占めているのですが、僕の回りにはハヤカワのSFに関心を寄せる女性は全くおりませんでした。ハヤカワのSF文庫は大抵の女性には水色のゴミの束にみえるらしい*1。でも『アルジャーノンに花束を』は結構読んだことがあるという人多いですよね。特に女性の方に。
実際、アルジャーノンって、純粋なSFというか、SF的な小道具はあるけれども、ほとんど普通の小説です。イマドキの基準でいえば、『博士の愛した数式』程度のSF(=すこし・ふしぎ)ぶりでしょう。
ハヤカワもその辺はわかってか、『ダニエル・キイス文庫』なんてわけのわからない特別枠を設けて売っておるのです*2。で、実際この戦略は当たったとみえ、どこのブックオフに行ってもアルジャーノンは105円コーナーに二三冊ずつ置いてある。これって、浜崎あゆみとか群ようこ並の普及度ですからね。で、そういうのを買ってきて、久しぶりに読んだわけ。同じ本を読んでも、数年おいて読み返してみれば、また新たな感想を抱くものですね。
結局のところ、なぜこの本が多くの人に読まれ、そして共感を喚起できたか。
それは、確かに重度の知的障害者に施された科学実験という虚構をベースにしているとはいえ、これは、結局のところ、ふつうの人がふつうの人生で味わうものそのものなわけです。逆にいうと、実に感情を投影しやすい。
頭がよくなりたくない人なんていないし、人生の一時期我々は(ゆっくりではありますが)頭がよくなって、いままでわからなかったことがわかるようになります。そして、ある時期を境にゆっくりと頭が悪くなっていく。つまりは、この本の主人公、チャーリーゴードンの人生は、普通は絶対に体験できない。がしかしチャーリーゴードンが直面した状況は誰もが経験する。
非常に特殊な状況の人間をとりあげることで、人生の普遍を描くことができたからこそ、この本は多くの人に受け入れられたわけです。
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- 作者: 筒井康隆
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 1994/03/01
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僕は今年で33歳になりましたが、多分人生の折り返し地点は過ぎたように思います。自分が66歳まで生きるとはいささか想像しにくいし、密度からしても、学生時代のような濃密な時間は、多分僕にはないでしょう。
僕の人生をまとめると、今の辺りは「仕事、仕事、仕事。特記すべきことなし」という感じになると思います。今でさえ、安っぽいドラマなどで、最終回のクライマックスのあと、「……そして4年後」とか、いきなりはしょられてエピローグに飛んでしまう、そのはしょられてしまう間のような生活を送っています*3。 だからこそ、学生の時分、まだ未来が確定していない頃に読んだ時より、今の方がアルジャーノンにはぐっと来ました。
あと、内容にも関係する感想なので、一応隠しておきますね。
チャーリー・ゴードンが最後残された時間で、見つけ出した結論であるところの「アルジャーノン・ゴードン効果」とは次のようなものです。
人為的に誘発された知能は、その増大量に比例する速度で低下する。
で、これをもって、チャーリーは
実験結果は明らかです。私の知能の急上昇という極めてセンセーショナルな様相をもってしてもこれらの事実をおおうことはできないでしょう。貴方とストラウス博士によって開発された、手術−注射併用療法は、現時点において、人間の知能を増大するには、実際的な適用の可能性はきわめて小、あるいは皆無であると言わねばなりません。
(中略)
先夜、ストラウス博士は、実験の失敗、すなわち仮説の反証は、成功と同様に学問の進歩に寄与するものだと言われました。それが真実であること、いまにしてわかりました。しかしながらこの分野における私自身の貢献も、プロジェクトのスタッフ、ことに私のためにあまたの努力をされた方々の屍と化した研究成果の上に立つことを考えると無念であります。
と手紙をしめくくっています。
チャーリィーは、もって回った言い方ですが要するに「ああ、あかん。我々の研究的価値をまったく無にしてしまうような事実を発見してもうた。俺たちの積み重ねてきたことがゼロになってもうたがな。絶望。ゼツボー!」ということを書いているわけです。
中学生の自分はチャーリーと同じく絶望に共感しましたが、でも、今にして思えば、このアルジャーノン・ゴードン効果は、それほど彼らの研究成果を全く無にする致命的な法則ではないんじゃないかな。
確かに主人公のチャーリー・ゴードンはIQ 70が185になったために、半年で知能の急激な摩耗を来したわけです。これはいくらなんでも、知能、あげすぎだと思うよ。だけどこの「アルジャーノン・ゴードン効果」は、逆にIQの上昇の幅を抑えることで知能が上昇している期間を延長することができることを保障しています。例えばIQ80の知的障害をIQ100にあげて、20年くらい保たせることができるのならば、それは多くの人間にとって福音となりうると思うわけです。
医学というのは実際的なしぶとい学問です。胎児奇形を作るということで「悪魔の薬」といわれ市場から放逐されたサリドマイド製剤でさえ多発性骨髄腫の治療薬として今脚光を浴びています。アルジャーノン・ゴードン効果にしても、一時的には研究はフリーズするでしょうが、おそらくこの失敗を踏まえて、穏当な形で臨床実験が再開されるのではないかと思いました。