半熟三昧(本とか音楽とか)

半熟ドクター(とはいえ気がつくと医師20年選手だけど)の読んだ本とか音楽とか

『ひとのきもちが聴こえたら〜私のアスペルガー治療記』

最近の僕は岡田斗司夫Youtubeチャンネルを好んでみている。知識の豊富さと遠慮のない物言いが、大変にうまがあうわけである。考えてみれば 2000年前後には岡田斗司夫の著作とか、結構読んでいたわけで、懐かしい。
進歩がなくて恥ずかしくもあるが。
そんな岡田斗司夫チャンネルで、この本が取り上げられていたので読んでみた。
youtu.be

リアル『アルジャーノン』といった話。

アルジャーノンに花束を』は知的障害があるチャーリイが先進的な研究によって、知能が通常人どころか、世界最高の知性の持ち主に変貌するが、短時間でその知能は失われてしまい、もとの白痴に戻ってしまうというSF。
このSFは、SFでありながら
「何かを得れば何かを失う」
「うまい話には裏がある」
という比較的ベタな世界公正仮説的な寓意に富んでいる。
また、知性が失われてゆく恐怖は多くの人間が老年期に味わう普遍的な事でもあり、だからこそ大ヒットしたわけではある。

本書に話を戻そう。
この本の主人公ロビソンは、自閉症スペクトラムアスペルガーの男性。
機械に対する鋭敏なセンスにより、ロックバンドの音響や機器制作、車の整備などに強みを発揮し、経済的には成功を収めていたが、自分のありかたが「他とは違う」ということに悩み、自閉症スペクトラムであることに至り、
大学の研究班からTMSの治験を提案されて受けてみることに。
やってみたところ、自閉症で「他人の気持ちがわからない」のが、わかるようになった。
 他の人の表情が、読み取れるようになったのだ。
 音楽を聴いても、いままでは音や波形としてしか認識していなかったのが、演奏者の感情やメッセージがわかるようになり、その美しさに気づき、滂沱の涙を流す。

 ということでTMSすごいや、でハッピーエンドならいいんだけど、
 当然いいことばかりではない。
 以下多少ネタバレです。

今まで主人公の社会性に欠けた物言いをサポートしていた奥さんは、主人公が「感情がわかるようになった」というと「そう、では私の役割はなくなったのね」と。
また当時、奥さんはひどい抑うつだったらしいのだけれど、TMSによってその抑うつが伝わるようになって、非常にしんどい(今までは自閉症で、人の心がわからない、というのがいい意味に作用していた)。

 それに、いろいろな人の感情を見られるようになったけど、基本的に人はいい感情ばかりを発しているわけではないのだから、敵意のようなものを向けられて、今までは気づかなかったから平気だけど、わかるようになったら、めちゃしんどい。
 また、過去のエピソードをもう一度掘り返してみた時に、自分の行動や言動に反省、後悔したり、また、逆に、親切でしてくれてたんだと思っていた出来事の中に、その人の悪意のようなものもわかっちゃったり。
 人生のエピソードの再評価、これもなかなか厳しい話ではある。

アルジャーノンに花束を」にも同様のエピソードはあったなあ。
人生、見える、わかるようになったからといって必ずしもいいことばかりではない。ほろ苦い真実を噛み締めなきゃいけないこともある。