半熟三昧(本とか音楽とか)

半熟ドクター(とはいえ気がつくと医師20年選手だけど)の読んだ本とか音楽とか

『流れをつかむ技術』桜井章一

雀鬼こと桜井章一の自伝というか、回顧録
桜井氏は伝説の雀士でありまして、麻雀放浪記にもでてくる。
麻雀史においては昭和の最重要人物の一人といってもいいのではなかろうか。サブカルの私は麻雀そのものはやらないんですけれども。
麻雀めっぽう強いんだけど、この人は、日本人によくある、「道」にする感じがある。
勝つことと、流れに乗ることはまた違うのではないか?
勝つことにこだわりすぎて失うものもある。
効率主義はよくない。近道はよくない。
迷った時は理性をしっかり働かせるのではなく、逆に捨てた方がよい。
困難な状況は、「守る」よりも「受け流す」ことを強く意識した方がいい。
その人なりに納得のいく生き方ができれば、それは成功。

という、「ゲームを通じて人生を語る」というパターンになっているのが面白い。
日本人って、なんでも「道」にするけど、それこそはライフワークの証だとは思う。
hanjukudoctor.hatenablog.com

皆が普通に歩いている道はすすめないが、誰もが通れないような道を切り開くことができる。
そして、私が歩いた後に道は残らない。
道は歩いた端から、すべて消えてゆく。

という人生観が、印象に残った。

読み味としては、ゲーマーの梅原氏の書籍に近い。

ここに書いていたと思ったが、書いてなかったのでついでに取り上げておく。
eSportsの中では伝説的な存在、梅原大吾氏の勝負論。
・ゲームの勝ちパターンの変化は生物の進化・淘汰に似ている
・もし身の回りの「嫌な奴」がいたら、ゲームの攻略のように思えばいい。
・嫌な奴だって、本当をいえば良い人間でいたい気持ちを持っている
・ある人のことを嫌だと感じるのか。考えてみると、その人の弱さが嫌になっていることが多い。
・弱さは人に迷惑をかける
・行動力・見る力・聞く力。この三つが強さの三要素
・目的が「優勝」になると、優勝した時点でその人は急激に弱くなる。

そうだよなー。「目標」を立てることは、ある種の「呪い」とか「魔法」みたいなもの。
その目標に至るまでのバフだけど、目標を達成したあとは、デバフになる。確かに。

桜井氏は昭和の、梅原氏は平成から令和の勝負論だけど、どちらも本質は似たところがあるのが面白い。

『検証 ナチスも「良いこと」はしたのか?』

前日エントリの「生かされて」。
halfboileddoc.hatenablog.com


対比としてナチスドイツのユダヤ狩りとホロコーストというのを挙げた。
実際ナチス・ドイツの政権というのは、ヨーロッパ全土を戦火に巻き込み、二正面作戦で自滅のような軍事的な敗北をきたして、敗北し、いいことも悪いことも含めて、地上最大の悪徳として現在は評価されているわけだが、だが政権の序盤・中盤では華々しい軍事的勝利を手にしていた時期もあったし、ドイツ人民には支持されていたのも事実である。

それにヒットラーベジタリアンで、酒・タバコもやらず、芸術を愛し、よくある独裁政権の首魁にあるような酒池肉林でもなかったりするわけである。

実際のところ、ナチスのやったことはすごいあかんことが多いわけであるけど、例えば、ソ連スターリンがやったことだって、ヒットラーと比べもタメはるくらい自国民を殺害している。けど、ソ連は連合国勝ち組なのでそこまで断罪はされなかった。
毛沢東も)

一般的には、「物事には良い面と悪い面があるはずだ」という真理がある。
実際のところ、フラットにみて、ナチスっていうのはどうなんよ?という本。

  • ナチスの家族政策・福利厚生はかなり手厚い=民族共同体を構築するための手段の一つ
  • ナチズム=国民社会主義国家社会主義という訳語が当てられることが多いのだが、意味が少し異なる
  • 国家よりも民族共同体の連帯を重視する政権(民族共同体の敵であるユダヤ人などを徹底的に排除する)。包摂と排除のダイナミクスこそがナチ体制の本質
  • ヒトラーにとってナショナリスト国民主義者であることと社会主義者であることはほぼ同義
  • ヒトラーの権力掌握は民主主義の自己破壊を本質とするもので、民意を背景にそれを遂行したという意味では基本的に「民主的」
  • 社会的反ユダヤ主義は残念ながら当時多くの国々に存在した
  • ナチ体制の政策に「乗っかる」ことで政治目標とは程遠い個人的な利益が得られたという面が大きい。
  • ナチ体制は同意と強制のハイブリッドによる現代的独裁
  • ヒトラーが政権に就いてわずか数年で雇用状況が劇的に改善され失業問題がほぼ克服されたことは事実。ナチ政権初期の雇用創出・失業対策がそれに先立つパーペン・シュライヒャー両政権の政策を基本的に引き継いだもの。規模の大きさを除けば、ほとんど画期的な内容を含んでいなかった
  • アウトバーンは軍事目的ではない(戦車のような軍事車両は通行できない。目的はヒトとモノの輸送)
  • 歳入を大幅に超える財政支出と空前の規模の公債・手形の発行 失業解消と景気対策に決定的に寄与したのは、戦争準備のために異常な規模とテンポで進められた軍備拡張
  • 諸外国からの収奪は、ゲッツ・アリーによれば少なくとも総額97兆6000億円に上る
  • ナチ・ドイツによるユダヤ人財産の略奪総額は八兆六千億円〜11兆5000億円(ドイツの戦時収入の5%に相当)
  • 戦争捕虜を国内の労働に動員(戦時期にドイツ国内で働いた外国人労働者は1348万人程度、そのうち18%の245万人が命を失った)
  • 労働政策の福利厚生・家族支援=実際は空手形

まとめると

「デートレフ・ポイカートが的確に表現しているように「ドイツ人は最初は借金で生活し、次には他人の勘定で暮らした」のだった。

というところが本質であるようだ。もちろん共同体の質を高めるための健康政策や福利厚生などに、現代からみても羨むべき社会政策はあるのかもしれないが、そもそもが、富の収奪とアーリア国民だけが富み栄えるような政策が、ナチスの本質であるわけで、本質的な問題の中では氷山の一角にすぎない、というところだろうか。

個人的はタバコは好きではないので、公共の場所での喫煙を禁止とか、そういう政策はありがたいなあとは思うけど。

イマキュレー・イリバギザ『生かされて』

ルワンダ内戦の渦中を生き延びたツチ族(虐殺された側)の良家の子女の体験記。

1994年。
阪神大震災が起こった年であり、僕は大学2年生だった。
著者のイマキュレーさんと多分年はあまりかわりない。

ルワンダ内戦は冷戦も終結し、世界が融和ムードの1994年、世界の片隅のルワンダでとんでもないことが起こっていた。
そういう意味では、世界中がピリついていたナチス・ドイツユダヤ人虐殺よりもある種酷薄なことではある。

イマキュレーさんはルワンダの農村に住むビジネスに成功しているツチ族の良家の子女。
ツチ族フツ族の民族間の軋轢のようなものを幼少期から感じたことはあるが、まあ幸福な子供時代。
大学生のときに、どうも雲行きが怪しくなって、そしてツチとフツとの間の民族憎悪の渦に巻き込まれてしまう。

アンネ・フランクの日記、のように、牧師の家に匿われて隠遁生活を送り、また逃げ延びる日々。
誰が信頼すべき味方か、誰が親切そうな顔をして近づいてくる殺人者か、がわからない。

ツチ族フツ族で村の中で多少の緊張感をもってしかし平穏に送っていた生活が、しかしツチ族フツ族の憎しみはエスカレーションして、同じ村の中で殺し合いが始める。これって、すごい怖いことだよなあ。

アーウィン・ショーはニューヨークのお洒落小説家だが、短編の中にユダヤ系ロシア人のルーツの話で、同じ村の連中からユダヤ迫害を受ける話がある(親しくしていたご近所さんのおっさんが、家の中のものを盗っていったり、自分の姉妹をレイプしたりする)が、その小説に読み味が極めて近い。

そういう、身近の人間が突然敵に変わる怖さが、ルワンダ内戦の真骨頂だろうと思う。

多分、ボスニア・ヘルツェゴビナとかの「民族浄化」とか言われているやつとかもきっと似たような体験に違いない。
カンボジアでの大虐殺とか文化大革命とか(これは、民族の違いすらない)も、ちょっとした言動が死ぬきっかけになるおそろしさ。日本というヌルい社会に生きていてよかったなあ、と心底思う。
政権交代したって、それで民族浄化が起こるわけじゃないからね……

参考:

halfboileddoc.hatenablog.com
ブックレットのようなルワンダ内戦についての本はこちら。紹介程度の内容。
halfboileddoc.hatenablog.com
こちらはルワンダを舞台にした名著。
ルワンダ中央銀行総裁」に命ぜられた日本人が孤軍奮闘でがんばる話。
ルワンダ内戦の起こる一世代前。

halfboileddoc.hatenablog.com
halfboileddoc.hatenablog.com
halfboileddoc.hatenablog.com

これは真の『少年のアビス』だ『住みにごり』

どういう経路かわからないが、アマゾン様に「お前どうせこんなん好きやろ」と勧められて読んだ。

なんだこれ…
仕事をやめて実家に帰ってきた主人公、引きこもりの長男、脳出血で体が不自由になった母、そしていろいろありそうな父。
共同生活と家の狂った感じ。

そして、その一家を取り巻く周りの人。
特に、ファムファタル的な幼馴染の女の子。

これを見て、ああ、「少年のアビス」がきつい話でありながら、まだ救われていたのは、絵が綺麗で、登場人物がそれなりにみんな美男美女だったからだよな、と思った。

この絵で、このストーリーは、キツい。
ああキツい。
そして底辺的なストーリーと性の話は、なんつーか、やっぱりキツい。
けど大部分の男女は美男美女でもないわけだから、これがまあ現実だよなあ……

というわけで、オススメです。

底辺コミック『出ていくか、払うか』『夜逃げや日記』

SNSWebコミック的なやつで紹介されていたやつ。

家賃保証会社で働く若者の話。
家賃保証会社は、家を借りる時に保証人がいない人の代行みたいなやつ。

契約者が家賃を延滞した時に立て替えて貸主に渡す(その分は契約者に請求する)
もしくは夜逃げや賃貸住宅の中で死んでいる場合とかのトラブル代行もしなきゃいけなくて。
という、真面目にやってればやることは無限に湧いてくるので、ある程度割り切らなきゃいけないタイプの仕事。
ルールを守る人ばかりであれば、これほどラクな商売はないわけだけど、そういう「お堅い」人は家賃保証会社とかを必要としない。
すなわち、ハイリスクの顧客層、口さがなくいってしまえば、家賃滞納やルールを守らない(守れない)人と渡り合う必要がある。

主人公は他にできることもないし…ということで、この仕事をいやいやながら続けている。
そういう話。
みたくない社会の暗部を漫画で覗けるという言う意味では興味深いけど、いや、そりゃこの仕事しんどいよな、と思う。

警察に呼ばれる死体検案医をやっていた経験もあり、自宅で孤独死している人は経験があるが、
まあなかなか、人の人生を垣間見るのはしんどいもの。

この漫画を読んでる人はこれも読んでます、的な感じで紹介された一作。
こちらは夜逃げを手伝う会社の取材を申し込んだら、そこで働くようになった漫画家(自画像はカメレオン)の体験談。
夜逃げ会社の女社長のキャラが立ちまくっており、その人の魅力を伝えるような感じ。
で、読み物として面白かった。

* * *

しかし、夜逃げの話は痛快なんだけど、二冊目の夜逃げ話の家にも一冊目にあるような家賃保証会社の人も担当しているわけで、
二冊目の人たちが活躍すればするほど一冊目の人は困るんだなあと思う。
皮肉だね。

山危険本『これで死ぬ』『地図を読むと山はもっとおもしろい』『ドキュメント単独行遭難』『道迷い遭難』

最近ダイエット目的で低山ハイキング(一部登山・薮漕ぎ)をしている。楽しいのだが、家族は心配するし、確かに河川敷をジョギングしているよりも危ないかもなあと思うので、「山が危ない」本をまとめて読むことにした。

山でおこるいろんな死の危険を列挙したやつ。
「山で死ぬ」いろんなバリエーションがあるけど、転倒・滑落・落石、崩落などさまざま。
高山登山は怖いなあと改めて思う。
『岳』とかみてても、とにかくおそろしい。

ただ、低山だと動物や蛇・蜂にあったりもするので侮れない。
川や海などマリンスポーツはもっと危険。
アスファルトをジョギングしていると膝を痛めたりすることもあるわけで。
安全対策にぬかりなく、低山をたのしむのがいいのかもしれない。
これは、折にふれて読み直そう。

地形図の読み方。
Webでもいくつかコラムがあるけれども、読み方解説する本。YAMAPとかの地形図をきちんと読むためのトレーニングにいい。
地図記号は全部知っておいた方が困らないな。

山と渓谷社、山関係の有名な出版社ですが、ここが一連の遭難実録本を出している。
Kindle Unlimitedで読める。
流し読みでもいいから読んでおいた方がいい。
山歩き・渓谷歩きなどの楽しさをうたう本はたくさんあるけど、楽しい本1、つらい本2くらいで読んでおいた方が、心の平安を得られるだろう。

失礼だが、読み味としては、研修医の救急医療でのNG集のこれに割とにている。


私は登山届を出すような山にはあまり行く予定はない。脚力をつくらないと無理なんや。
まずは登山以前の問題。
なので、ハイキングとかトレランレベルの山〜田舎歩きをまずは集中してやってみようと思う。

* * *

多分忙しいので、そんなに山にハマったりはできないはずだが、
もし行けそうだったら山の皆さんパーティ組んでください。(ソロはやっぱり危ないと思うので)

ヤマシタトモコ『違国日記』完結

35歳、少女小説家。(亡き母の妹) 15歳、女子中学生。(姉の遺児) 女王と子犬は2人暮らし。
少女小説家の高代槙生(こうだいまきお)(35)は姉夫婦の葬式で遺児の・朝(あさ)(15)が親戚間をたらい回しにされているのを見過ごせず、勢いで引き取ることにした。しかし姪を連れ帰ったものの、翌日には我に返り、持ち前の人見知りが発動。槙生は、誰かと暮らすのには不向きな自分の性格を忘れていた……。対する朝は、人見知りもなく、“大人らしくない大人”・槙生との暮らしをもの珍しくも素直に受け止めていく。不器用人間と子犬のような姪がおくる年の差同居譚、手さぐり暮らしの第1巻!

ということで始まったヤマシタトモコ『違国日記』は全11巻でしめやかに完結した。
わかりやすいハッピーエンドではないが、希望の見えるような明日、を予想させられる余韻のあるエンディング。

丁寧に二人の主人公の距離感をひたすらにひたすらにつづる繊細な漫画。
2〜3年前からヤマシタトモコの作品を固め読みしていて、感心することが多い。