半熟三昧(本とか音楽とか)

半熟ドクター(とはいえ気がつくと医師20年選手だけど)の読んだ本とか音楽とか

『バット・ビューティフル』ジェフ・ダイヤー 訳村上春樹

バット・ビューティフル

バット・ビューティフル

実に久しぶりに紙の本を買う。
最近はほとんどの本をKindleで買うから。

久しぶりの紙の本は、買ったばかりのときに本の中ほどに綴じ込まれている紐を取り出すのにも時間がかかった。
本を持つ手の平の筋肉もやや落ちているのか、長いこと持ち続けると疲れてしまう。*1
しかし、ページをめくろうとして、無意識に指をつつっと滑らせて、スワイプしてしまったのには笑ってしまった。
ちょっと、それはいかんよ!本の虫だった昔の俺に怒られそうだ。

いろんなジャズマンのポートレートを切り取ったようなアンソロジー
レスター・ヤングから話は始まる。
戦後アメリカ音楽の中核を担った音楽、ジャズ。
しかしジャズの担い手たるプレイヤーは、社会の中ではアウトサイダーであり、終わりのないツアーとドラッグ・酒・女、暴力などありとあらゆる快楽の中で生きていた胡散臭い連中であったのだ。

レコードから垣間見える音楽そのものは、十分美しい。
なのに、それを手掛けるミュージシャンの多くは腐臭を放つ汚辱にまみれた人生だったりした。
公民権運動が盛んになる前は、クラブでは拍手喝采を浴びるミュージシャンが、路上では白人警官に小突かれる。

そしてフリージャズ・クロスオーバー期を経て、一旦はそういう形のジャズは絶滅したわけである。

新主流派新伝承派といわれる人たちがそういったジャズをクレンジングし、芸術としてのジャズのパッケージ化に成功した。
いつしかジャズはファイン・アートになった。
若くやる気に満ちたミュージシャンは、何十時間も修練を積み、音大のジャズ科に通ったりしてジャズを習得する。

しかし、歴史が作られた1960年までのアメリカの音楽の現場は、そういうものではなかったはずだ。
この本は、そういう空気感を伝えてくれる。

私はジャズにひとかたならず首を突っ込んでいるせいで、公平には読めない。
聖と俗の潮目のような部分でジャズという音楽が形成されたという歴史的事実は、しばし忘れがちになるので、単純にジャズに憧れる人は、読んだ方がいいんじゃないかと思う。

ジャズマンは早く死ぬのではない。早く年老いる。

寂寞とデカダンスの漂う、危険なジャズの香りを味わいたい人は是非。
多分そんなに読みやすくないのだろうが、村上春樹の訳という点で、やや得をしているかもしれない。

*1:親指と人差し指の間が、ひどく疲れてしまった

『生き恥ダイアリー』カレー沢薫

生き恥ダイアリー

生き恥ダイアリー

カレー沢薫、気がつくと好きな作家になっていた。
下品と上品のはざまで、鋭いツッコミが入るさまが、なかなかの切れ味で、いつも溜飲がさがる。
そして、意外なことに、芸の幅がかなり広い。
冷静なツッコミキャラではあるけれども、扱える対象は、割と広く、当初思っていた以上に器用な方なのだなあと思った。

この「生き恥ダイアリー」は漫画ゴラクの連載らしく、ちょっとシモネタに特化した話。

以下、印象的なところ

  • セックスにおいては、ブスのほうが遠慮なくやりたいことや思いついたことを実行できるのでいい
  • 詫び石か詫びセックスをよこせ、と激おこなので(ヤリモクではないパパ活について)
  • そもそも「妻が子どもを産んだ」とは何か。まるで妻が勝手に一人で産んだかのような言い草だ。妻はナメック星人か、ピッコロさんなのか。あまりにも共同制作者としての責任が欠けている。
  • セックスというのは水泳と同じで、抵抗が少ないほど良いパフォーマンスができる。つまり身につけているものが多いほどタイムが落ちてメダルを逃す

 パワーワード多数!
 女性特有のじっとりとしたエロ話ではなく、どちらかというとおっさんっぽいカラリとしたエロ話。
だからこその、『ゴラク』連載なのかもしれないが。

『対峙力』寺田有希

オススメ度 90点
人間「私はスターじゃない」と思ってからが長い度 100点

私も家でテレビを見ることはめっきりと減って、もっぱらスマホタブレット、職場でPCにてYoutubeやアマプラを観ている。

ホリエモンチャンネルとか、Newspicksとか観たりもしているが、ホリエモンの傍らにいる寺田有希さんの本。
寺田有希さんは『ベンチャー女優』という呼称を自分でつけているけど、フリーランス活動をしていて、こういう司会や対談のインタビュアー。その他舞台や歌など、幅広く今は活動なさっていらっしゃる。

ちっちゃくて、お顔なんかもツルピカで、まるでお人形さんみたいだなあ、
もう、いうなれば、プリンセス・プリンプリンみたいだなあ(歳上の人しかわからないな…)と思っていた。

この本は寺田さんの今までの足跡と、考えてきたこと、仕事の際に気をつけているコツのようなものを惜しみなく書いた本。
これがね、かなりいい。

ホリプロスカウトキャラバンをきっかけに女優・タレントの卵としてキャリアをスタートさせたのだが、今ひとつうまく行かず、22歳のときに、事務所からクビ宣告をうけて、バイト生活に入る。
そこから、今のポジションを確立するまでの経緯、そのいきさつのなかで自分の仕事に対する考え方が変わっていったことなどが語られる。

一人の才能をもった女性が、挫折し、そこから自己を振り返り、幸運もあるけれども、一つ一つのチャンスを大事にしながら自分の居場所を確立してゆくビルドゥングス・ロマンとしても結構感動的だ。苦労されたんだなあ……としみじみするね。

現在主戦場である、インタビュアー、司会進行などの、仕事のやり方、(台本を作るよりはざっくりしたチェックリストを作って、その場の流れも大事にしつつ、全体を俯瞰しておくなど)、ゴールの設定の仕方とか、相手の特性の掴み方やその対応方法、場の読み方など、場の空気の作り方とか、当たり前といえば当たり前なんだけど、かなり要点を掴んだTIPSが語られている。

あと、間が空いてしまったときのストックの蓄え方、自分のターンに話題を変えるときのコツとか、
褒め方。苦手な人・苦手な話題との対応方法とか。
自己紹介では、最大限周りの人の話を聞くこと!(自己紹介は他人のターンに集中!)
終わった後の反省なども、仕事人としてのリアルな生きざまが垣間見える。

スターになれなくても「必要とされる人」になることができます

22歳で一旦挫折し、そのあとホリエモンチャンネルでいろんな分野でずば抜けた成功をおさめる、スタータイプの人たちを目の前にし続けてきた寺田さん。

そういう人と比べると、萎縮したり卑下してしまうけど、全員がスターになる必要はないし、チームの先頭に立って「こっちだよ」と旗を振れる人じゃなくてもよくて。
誰にでも必ずなにかの才能があります。その才能を活かすことで、必要な一角になることはできると思うのです。

可愛らしいルックスではあるけど、必死に仕事をしてきた重みが、この方にはきちんとあるね。
読んだら割と元気でるタイプの本でした。

この本にも通じるかも。
halfboileddoc.hatenablog.com

『ルポ 消えた子どもたち』ついでに『奇子』

オススメ度 90点

18歳まで自宅監禁されていた少女、車内に放置されミイラ化していた男の子─。虐待、貧困、保護者の精神疾患等によって監禁や路上・車上生活を余儀なくされ社会から「消えた」子どもたち。全国初の大規模アンケート調査で明らかになった千人超の実態を伝えると共に、当事者23人の証言から悲劇を防ぐ方途を探る。2014年12月に放送され大きな反響を呼んだ番組取材をもとに、大幅に加筆。

私は医療畑。
内科なので、大人・高齢者向けの診療をしている。あんまり子供には縁がない。
しかし知人には教育クラスタ、小児クラスタの人もいるし、自分も繊細な子供を持つ親でもあるわけで、子供業界の話は時折耳にする。
具体的な話はできないものの、虐待など親子関係の問題はなかなか壮絶であるらしいね。

親の側にも、子の側にも言い分はあるだろうとは思うけどね。

子供は弱い存在。
先史時代には子供は人権もなかったし、人間扱いされない時代もあった。
イギリスの産業革命では子供も労働力として劣悪な環境の中で働かされていたりもした。
文明が発展して、子供にも人権が付与されることが当たり前となり、弱い存在として守られるようになった。
めでたしめでたし……かというと、世界は善なる方向に向かっているわけでもないらしい。
飽食日本で餓死をしていたり、社会的に隔絶させられた子供もいる。
日本全国で、いつのまにやら消えてしまった子供、というのは概算すると1000人以上いるとか。
多くは死んでしまうのだろうし、なんとか生き残った人も、壮絶な発達過程から、「ふつう」の生活は送れなくなってしまう。

私は小学校の時は、「外れ値」の人間であったから、マスプロ授業に参加し、小学校で無駄な時間を過ごすことが耐えられなかった。
しかし、こういうルポをみていると、人生の一時期、横並びにさせて強制的に共同生活を行わせた効用も一定数あったよなあ、と思い直した。
給食がライフラインそのもの、という子供だって、今は稀ではないらしい。

この本では、「消えた」けど運良く生き延びてでてこられた18歳まで実母に監禁されていたナミさんのケースレポートをはじめ、いくつかのケースが詳細に語られている。
いやはや。
おそらく、高度成長期やバブル期を経て、日本がロスジェネの衰退期に入ってから、余剰資本の再分配に余裕がなくなったのが一因だろう。
こういう社会的な問題を抱えた層に十分にリソースが行き届かない、という側面もあるとは思う。
今日よりも明日のほうがちょっと悪い世界では、人の優しさや余裕は、頭打ちになる。

* * *

ただまあ昔の農村社会とかでも、「座敷牢」システムはあったわけで。
自宅に子供を監禁するという話は、古くて新しい話なのかもしれない。

奇子 1

奇子 1

それこそ、つい最近 Kindle日替わりセールで取り上げられていた手塚治虫の『奇子』なんかも、そういう話ではある。*1
これこそ、大家族のエゴにより、子供が座敷牢に監禁され、ある種の性的虐待の連鎖、発達過程の障害というのを(いささか誇張気味ではあるが)描いている。問題は、おそらく手塚のフェティシズムで、こういう境遇の登場人物を、魅力的に描きすぎるよね、手塚はね…。

*1:Kindleの日替わりセールで、手塚全集の1巻だけ99円で売るの、本当にやめてほしい。何度か読んだことあるやつでも、ついつい読んでしまって、そして、2巻・3巻を通常価格で買う羽目になってしまう。今まで何度この手にハマったことか!

『自作の小屋で暮らそう』

コロナで、どちらかというと都市の稠密性から距離を置く風潮が加速する雰囲気もあり、そんな中で、Kindle 日替わりセールで取り上げられた一冊。
Bライフと称した、山間地で一人暮らしの小屋ぐらしをしている人の、経験談とノウハウ紹介。

最近は「小屋」の建売販売も結構多くなっていて、割ときれいな出来合いの小屋を200-300万で入手することもできる時代。
しかしこの人は、以前にホームレスをしたこともあるというくらいで、気合が違う。全部自分で作っちゃう。

山間の自分の土地を買うこと、下水を引かずにうまくやる工夫。
電気、をどうするか。がっつり電気を使うのか、それとも簡易的なソーラー発電システムで間に合わせるのか。
冷蔵庫のない生活は実際どうなのか。


我々認識とは異なり、夏より冬のほうが山小屋ライフは快適なんだそうだ。
つまり、多くの生き物が生きられない気温の中で、文明の恩恵にあずかって巧みに暖をとりつつ、食べ物は外部から調達するほうが住みやすい。
夏は、他の生物の生命力も旺盛なので、虫や腐敗との戦いになるから大変なんだって。

また省エネルギーのデジタル機器はオフグリッド生活の味方になるというのも、発展途上国と同じで、これもおもしろかった。
日本は低所得者に優しい社会保障・税制度でもあるので、こういう生活は決して悪くはないらしい。

基本的には今後限界集落となるような山間部とでも、こういったオフグリッド生活を前提としないといけない。
商業ベースで、村落ベースでこのようなオフグリッドインフラのパッケージを提供される日は近いと思う。要するに自治体の義務ではなくなる日がいずれ来る。

『九龍ジェネリックロマンス』

描写の繊細さ度 120点。
謎度 80点

恋は雨上がりのように』で中年男性と高校生とのほろ苦い淡い恋愛を描いた眉月じゅん
絵柄としては、少女漫画のような大きな目をもつ女性キャラに、いささか違和感を感じるのだが、心理描写などは少女漫画の流れをくむのだと思うが、細やかで、実ににくいところをついてくる。

そんな眉月じゅんの、次作は、昔の九龍城砦のようなところで不動産業をやっている男性職員と女性職員。
当初は、九龍城砦のようなところでの日本人の働き手の異国での暮らしを描写しているのだと思っていた。
主人公は女性なのだが、同僚の男性職員のいろいろな行動や言動から、少しずつ自分の彼への好意を認識してゆく。
この辺の距離を一歩一歩詰めるような関係性は『恋は雨上がりのように』と同様の甘酸っぱさがあるのだが、今回はそこからもうひとひねり、ストーリーは展開していく。
実は女性職員には、過去の記憶がなく、男性が昔付き合っていた女性は、主人公と全く同一人物であった。

そもそも九龍城砦というのも、一度取り壊された九龍城砦とは似て非なるもののようだし、上空には1Q84 の月のように、よくわからない人工衛星が浮かんでいるのだ。

徐々に手のうちを明かされ、ストーリーはこれから転がりだすのだろうが、色々うまい。
背景のストーリーはどうなっているのだろう?世界の秘密は明かされていない。
続きが読みたくなる。

手足の細い巨乳女性のチャイナドレスはとても破壊力が強いけれども、喫煙については個人的にはNGなので、そこは残念ではあるかなあ。

『PRIDELESS』藤森慎吾

最近はテレビを観ることもめっきり減って、PCを立ち上げているときにYoutubeをぼんやりみていることが増えた。ホリエモンチャンネルやDaigoチャンネルなども観ていたけれど、お笑いの人のチャンネルや、カジサック、キングコング西野のチャンネルとかも結構観る。
まあ、要はまずまず現代的ではある。

そんな中、オリエンタルラジオも、中田敦彦は軸足をYoutubeに移し、吉本を退社し、シンガポールに移住という大胆な決断が目を惹いた。
その相方である藤森慎吾はどうするのか…と思っていたら同時に退社するらしい。
しかし日本に残って活動を続けるんだと。

そういう彼の行動は、この自伝本を読んで、得心がいった。

飾らないし、自己を過大評価しないけど、明るくて素直。
面白いこと、についても突き詰めて芸を練るわけではないけど、でも、この人の考え方はかなり惹かれるものがあった。
「世界を肯定する」お笑い。そこには切れ味はないかもしれないが、明るさと親しみがある。
誠実な「チャラ男」キャラなんだなあ。*1

ゴーストライティングなんだろうかなあと思わせる文章ではあるし、決して読ませる文でもない、典型的な「タレント本」ではある。
しかし、その人となりを垣間見ることができて興味深かった。
良くも悪くも「タレント本」だなあと思った。

*1:いわゆる「お笑い」の人は世間へのルサンチマンを煮詰めて昇華させたような持ちネタをもってメディアに登場する。その意味ではオリエンタルラジオは屈託がなさすぎる点でお笑いマニアには不人気であった