半熟三昧(本とか音楽とか)

半熟ドクター(とはいえ気がつくと医師20年選手だけど)の読んだ本とか音楽とか

『歩兵の本領』

オススメ度 100点

鉄道員(ぽっぽや)』『プリズンズ・ホテル』で有名な浅田次郎自衛隊小説。
浅田次郎はかつて高校卒業後自衛隊に入隊していたらしい。
青春時代を振り返って駐屯地での人間模様を活写したもの。

この前とりあげた、これとかもそうだけど、
近頃は「組織を離れてフリーに生きよう」なんてライフスタイルが新しい生活様式として称揚される昨今だ。

だが、農耕生活民、ムラ社会の子孫であるぼくらは、どこまで行っても「組織」からは離れられない。
昭和の時代から今に至るまで、日本社会の中核は、男子ばかりで構成されるホモソーシャルな男性社会で構成されている。
そこには普遍性がある。

なので「歩兵の本領」は、むしろサラリーマン小説として読み替えることもできる。
読み味としては、『半沢直樹』シリーズで有名な池井戸潤の銀行員を舞台とした一連の小説、あとは藤沢周平の武士シリーズ(海坂藩を舞台とした秘剣シリーズとかの閉塞感)と同じ匂いがするのである。

連作短編で、市ヶ谷駐屯地歩兵部隊のそれぞれの登場人物の事情が語られる。
めちゃめちゃリアリティがあるが、それは浅田次郎の青春時代にも重なるところが大きいからだろう。
これは多少フェイクを交えているものの、多分実話なのだ。


『越年歩哨』『歩兵の本領』という話が身につまされた。
上役(加賀士長)が、年越しの弾薬庫の歩哨(火気厳禁で寝ずの番なので誰もやりたがらない)に、主人公の赤間と、自分よりも自衛隊歴が長く喧嘩っ早い和田士長を当てた。主人公の赤間は不運を嘆くが、同時になぜ加賀士長は反発必至の和田士長を当番に当てたのか……

ま、こういうことはいちいち体で覚えていくほかはないんだが、ひとつだけヒントを教えておいてやろう。自衛隊には二種類の階級がある。ひとつは俺たちが腕や襟につけている階級章だ。いわゆる星の数ってやつさ。もう一つは兵隊としての飯(メンコ)の数。つまりだな、特別勤務や演習や、むろん戦場でも同じだけど、階級の序列に従って行動しなければ集団の力は発揮できない。だが、営内生活では別の序列がある。自衛隊の飯をどれくらい食っているかというキャリアさ。このふたつは矛盾するよな。俺たちは日ごろからこの矛盾をうまく埋め合わせて、いざというときにはきちんと戦争をしなきゃならないんだ。

和田士長が反発してくることは当然予想していた。
和田士長は加賀士長を呼び出し、腹いせに裏で殴りつける。
が、和田士長の場合は殴ってスッキリすれば禍根を引きずるタイプではないため、自分が殴られることを折込済みで思慮深い加賀士長は和田士長を当番に指名したのだった。

『歩兵の本領』で除隊する主人公と、それを執拗に止める坂崎一曹の間にも、そうした、辞令と、それとは別の感情の動きを輔弼するような出来事が描かれる。

綺麗事だけでは組織は運営できない。

現在自院の組織ではトップの立場にいるけれど、常勤医師としては最年少である自分にはその感覚はよくわかる。
組織の中で人を動かすというのには、ここまでの人間の矛盾に向き合わないといけないのか……。

かつての日本的ムラ社会グローバル・スタンダードの影響をうけて、こういう昭和の閉鎖的な組織は減っている。
しかしその分年功序列も薄れており、自分よりも年上の社員に指示しなければいけない年少の上司は珍しくない。
そういう人こそ、その息詰まるようなこの小説を読むことをオススメする。上司である自分はグローバルな価値観で動いているかもしれないが、指示される部下はこの小説で描かれている昭和の価値観で動いていることは十分ありうる。