半熟三昧(本とか音楽とか)

半熟ドクター(とはいえ気がつくと医師20年選手だけど)の読んだ本とか音楽とか

『稲荷神社のキツネさん』

オススメ度 90点
原作付もやっぱりうまいなあ度 100点

稲荷神社のキツネさん

稲荷神社のキツネさん

当代きっての売れっ子作家、東村アキコ
逆からシリアス・ホラー・歴史漫画などジャンルにこだわらずいい意味で『東村スタイル』を確立している。
しかもそれが現代の感覚にチューンナップされているため、描くものに世相とのずれがない。
良い意味でも悪い意味でも量産体制に入っている。*1

『美食探偵明智五郎』は予想のとおりドラマになった。*2

今回は、たまたま出くわしたこれを取り上げてみよう。
一言で言うと、自己啓発系の漫画。


halfboileddoc.hatenablog.com
『ハイパーミディ中島ハルコ』でも痛感したが、東村アキコは人にわかりやすく伝えるのが抜群にうまい。
彼女なりのストーリーテリングも良作が多いが、他人の主張をリスペクトしつつ、彼女なりの作風を加え完成したものもいいクオリティ、むしろ東村テイストの純度がやや下がっているためか、バランスが取れているといってもいいくらいだ。
多作・プロダクション的なチーム体制、原作もオリジナルも良し、という意味では、漫画界のポジショニング的には石ノ森章太郎の衣鉢をつぐ存在なのかもしれない。

で、この漫画は、旅行や旅行にまつわるリュクスな気持ちが好きで旅行代理店に入ったサラリーマンの主人公が、ある日稲荷神社=商売の神様の使い魔(厳密には神使というべきだろうな)と出会うことで、自分の好きを再確認し、起業するまでを描く。
読者たちと等身大の主人公(いわゆる小市民的な価値観)と、小売業のエキスパートの人たちの価値観とのずれを上手に言語化しているように思う。

考えてみれば、西洋文明に比肩しうる独自の商品相場や手形決済文化など精緻な商業文化が勃興していたのが日本だ。
そこには「商道」とでもいうべき独自の哲学ともいえる思考様式が存在したわけだけれども、現在その商道は、対人接客に関する様式(いわゆる「お客様は神様です」式の考えね)の部分以外は忘れ去られた格好だ。対人接客はむしろ普及しすぎ、長年この慣習の中でスポイルされたためにモンスター顧客(いわゆるカスハラ)を生み出しているのはご存知の通り。

しかし、そもそも「商道」とは対人接客術だけではなく商いそのものへの独自の哲学である。
今回のこの漫画では商売の神様のアドバイスというほのめかし手法ではあるが、その真髄に触れている。
現代はサラリーマンが当たり前の時代からフリーランス個人事業主の時代への過渡期である。
こういう現代的な問題に、忘れ去られた昔のWay of Lifeを持ち出してくるうまさと新鮮さは、いかにも当代作家らしい嗅覚であると思った。

・自分が苦労なくできることが、自分の才能である。
・神に祈る時には、願望ではなく言い切る、この辺は引き寄せの法則にも近い部分はあるね。

*1:個人技としての漫画力と、チーム東村としてのチームマネジメント、いずれも優れていると思う

*2:娘が観ている。小池栄子うまいね。主人公の中村倫也はあっさり顔すぎないかとも思うが(漫画の大時代感がない)TV化という意味では悪くないと思う。何よりも見飽きないし