- 作者: 辻田真佐憲
- 出版社/メーカー: 幻冬舎
- 発売日: 2016/07/29
- メディア: 新書
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「個体発生は系統発生を繰り返す」と少し似ているのだが、岸田学説のおもしろさは『国家と個人の行動様式は同じ手法でアナライズ(精神分析)できる』と仮定し、それを実際にアナライズしちゃって彼の一連の作品群ができた。あんまりにも知的啓発力が強かった(おもしろかった)ために、その手法の正当性はさておき、時代の寵児となり、うやむやになってしまったが、そう氏に行動せしめた原点が、昭和軍部であり大本営発表にある。また司馬遼太郎も、繰り返し、昭和軍部の奇胎性をあげつらう。
その昭和軍部の無茶苦茶ぶりの代表とされる、「大本営発表」についての考察が本書だ。
まあ大方は、現代の視点で振り返れば、検証するまでもなく、無茶苦茶なのであるが、ただ、成立の歴史的な経緯などをみると、意外と知らないことも多かった。
例えば、大本営発表がエスカレートした原因には海軍と陸軍の競り合いがあったこと。東条英機がまあまあ話せる陸軍の報道部長を、政敵の応援演説に行ったって理由で更迭。新任の部長はあがり症のめちゃくちゃ口下手な男だったため、『海軍の発表はいいのに陸軍はね…』みたいになっちゃって、原稿を作るスタッフが、美辞麗句を入れて、原稿の段階で艶を出そうと涙ぐましい努力をしたらしい。それが、その後の事実よりは形容詞などの重視につながったとか。陸軍の不適正人事を弥縫しようとしたところに蹉跌があったというわけ。
それから、大本営発表は、開戦当初は比較的正確な発表をしていたんだって。それを、当初は新聞社の方が、まだ占領していない都市を占領したように フライング報道をしていた。それを国民の士気を下げないため黙認、とかしていたらしい。ようするに正確な情報を上げない風潮のきっかけを作ったのは報道側だそうで。
それがミッドウェー海戦の惨敗以来、逆に振れ、負けをごまかすために積極的に嘘をつくようになる。美辞麗句と、被害の過小評価・戦果の過大評価で、現実との解離がおこるさまは、本当におそろしく、情けない歴史である。
天皇陛下もそのへんはわかっていて「そういえばサラトガが沈むのは4度目じゃないか」と侍従に漏らしたとか。
ちなみに「玉砕」という表現は1944年の半ば、一瞬使われただけで、意外に定番化しなかったそうだ(批判が多かったらしい)。
私も、岸田秀なみに、腹の底から怒りが湧いてきたから、みんなも読んでみたらいいんじゃないかな。
新書にありがちな感じで、最後は「まあねえこういう昔の話だとみんな思っていますけど、今の政府と報道のあり方とかも、みなさんも考えてみたらいいんじゃないでしょうか?」みたいな問題提起で終わってます。まあ、そうですけど、ちょっとあざとい。