半熟三昧(本とか音楽とか)

半熟ドクター(とはいえ気がつくと医師20年選手だけど)の読んだ本とか音楽とか

「すごいジャズには理由がある」岡田暁生,フィリップ・ストレンジ

オススメ度100点
動画もご一緒に!度 100点

すごいジャズには理由(ワケ)がある──音楽学者とジャズ・ピアニストの対話

すごいジャズには理由(ワケ)がある──音楽学者とジャズ・ピアニストの対話

クラシックの専門家岡田暁生氏がフィリップ・ストレンジのところにレッスンに通っていろいろ面白かったので対談記事を作ってみた、という本。Youtubeにもこの本の内容の動画が挙げられている。興味があればまずそちらをみてもらえばいいと思う。

第1章「アート・テイタム」前篇〜『すごいジャズには理由(ワケ)がある』

僕もまず動画を観てから本を買ったのだが、動画だけだとつらっと過ぎてしまうようなところも、本だと理解しやすい。
反対に、本だけだとわかりにくい部分も、動画で、フィリップ・ストレンジ氏の実演が付いていると理解しやすい。
Youtubeと本とメディアミックスすると最も楽しめると思う。

私はアマチュアのジャズ活動をしているのでこういうジャズのスタイルについては比較的詳しい方だと思うが、それでも、フィリップストレンジ氏が、このスタイルはこういう感じで、とか紹介しているのはすごくためになった。
また、時代を切り開くようなジャズ・ジャイアントがどういうことを考えてアドリブや、サウンドを作っているか、ということも。

30年来、ジャズ・トロンボーンというのをやっているが、一つできることが増えると、五つくらい新しくやらなきゃいけないものが見えるのがジャズだ。特に6年前からピアノを始めてジャズピアノじみたこともやるのであるが、これがまたヤバい。フロントだけだったら、簡単に済ませていたものも、コード楽器のやり口というか、演奏の味付け、起承転結、フレージング、ボイシングには無限の可能性がある。

でもこの本を見て、自分に足りない部分がまだまだあることに気付かされた。アドリブ・フレージングの時の展開やボイシングの展開など。
一生かけてもここはもうたどり着けない場所なんだなあ…と嘆息する。

 ただまあ自分の立ち位置というのも少しわかった。
 ジャズでは、スウィートな音楽がはやる時代と、Biting(どちらかというとゴツゴツとした前衛的)な音楽の流行が交互にやってくる、という話。自分は紛れもなく、スウィートで破綻のないスムースな音楽が好きで、それに共感できるということだ。トロンボーンという楽器の特性もあるけれども、アバンギャルドな音楽よりも、よくできた精密機械のような音楽が好きなんだ。それは上下や貴賎があるわけではなく、ただそうである、ということになる。

まあしかし、動画と本と合わせて楽しめる。ジャズの知識がない方でも特に動画は特にわかりやすい。
入門編から中級編の間くらいに一度見ておけば、すげー理解しやすいと思う。

映画『Time Remembered』

Time Remembered: Life & Music of Bill Evans [DVD]

Time Remembered: Life & Music of Bill Evans [DVD]

Bill Evansの一生を映像・音楽とともに追いかけた映画。
そもそも制作が2015年なので、なんで今年日本で公開されたのかはよくわからない。

単館上映に近い配給だったので、たまたま時間があいていた29日の午前、渋谷Uplinkにて見てきました。

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渋谷Uplink 「奥渋」と言われる渋谷の奥の方にある。
渋谷Uplink、私は初めて行ったのですが(というか基本的に映画見に行かないので)60席で、いわゆる映画館らしい造りではなかった。

音響も映画館にありがちなドルビーサラウンドばしばし効いているところではなく、小学校の教室くらいのスペースのライブ会場みたいなところ(ステージの上手にはアップライトのピアノが置いてあった)に、カフェとかによく置いてある椅子を並べ、一応「映画館」にしている風情。

大抵映画館の最前列はスクリーンを見上げる形になり、首が疲れる。
けど、この映画館では、スクリーンはそれほど上の角度を見上げるようにはならない。
しかも椅子は、一列目だけニーチェアで、多分座りやすい。
今度来ることがあればぜひ一列目にしよう。


* * *

とりあえず、ジャズも30年くらいやってる自分は、ジャズ批評の"Bill Evans"も持っているし、一生のあらましは僕もよく知っていた。
音楽的な部分については、好きなミュージシャンでもあり、ヴィレッジバンガードの4部作の経緯なども、まあまあ詳しいつもり。

ジャズ批評 別冊 ビル・エヴァンス

ジャズ批評 別冊 ビル・エヴァンス


ただ、映画は、音楽そのものについての深い解説は少なく、人間Evansのあゆみ、についての話が多かった。
兄弟の話、つきあっていた女の話、ヘロインの話、など、など。

キャリアの初期に、ある種の極点に到達してしまったミュージシャンの悲劇、というべきなのだろうか?
しかしラファロと共作した4部作時代さえ、すでにひどい麻薬中毒になっていた。
Bill Evansの軌跡をみれば、「人生設計」という言葉がこれほど似合わない人生もあるまい。
おそらく、本人は一週間程度の時間感覚でしか生きていなかったんじゃないか。
マネージャーでさえ1年程度のスパンでしかスケジュールを設計できなかったのではないだろうか。
曲が溜まったら、調子がよかったらレコーディングをする。その繰り返しだ。

だからこそBill Evansの後半生は、作品の完成度としてはそんなに悪くないものの、どことなく精彩を欠くように感じられてしまうのだろう。要するに、作品に「作者が創作する内発性」を感じられないのだ。
そしてそれは伝記を見通しても、やはり変わらない。

それで、できた作品がどれも一定の水準をクリアしている、のも皮肉な話だ。


以下若干ネタバレあり。

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Wataru Hamasaki and Shigeo Fukuda, ”Rachel's Lament”

オススメ度 100点

レイチェルズラメント

レイチェルズラメント

浜崎航さんは、名古屋市大の医学部を卒業後、プロミュージシャンの世界に進んだ方。今では日本を代表するサックスの一人になった。
プライベートでは、海を愛し、車を愛し、最近はゴルフも愛している。
福田重男さんは、重鎮のピアニスト。洒脱、という言葉がもっともよく似合うジャズマンだろう。
伊達男二人の共演盤。

この前レコ発記念ツアーに来られていて、ライブも聴かせてもらった。
福田重男さんの、高度なインプロヴィゼーションでありながら、同時にぬくもり感もあるフレーズとボイシング。浜崎さんは、クラシックのサックスか、とも思える艶のある音色に驚かされる。ときにやさしく、ときに激しいフレージング。持ち替えたフルートも、軽やかに音を紡ぐ。二人なのに、二人だからこそ、広がりと余白を感じるサウンドである。

いや、堪能しました。すごかった。

Tom Harrellの"Sail Away"とRoland Hanna "Wistful Moment"、Bill Evansの"Comrade conrad"というゲキ渋のスタンダードと、あとはオリジナル曲。浜崎航のアルバムは、基本的に、選曲の偏差値が高い。
海に関する曲は、フルート指数が高かったなぁ…とは思いました。

Stan Getzも好きな浜崎氏は、Kenny BarronとStan Getzの"People Time"などがロールモデルにあるのかもしれない。
ピアノとのデュオアルバムが意外に多く、キャリアの要所要所で、PianoとのDuo盤をいくつも作っている。

The Single Petal Of A Rose

The Single Petal Of A Rose

イン・ア・センチメンタル・ムード

イン・ア・センチメンタル・ムード

これまた若手の俊英、片倉真由子と、Duke Ellingtonの曲ばっかりやるユニットを数年前からやっているが、今までアルバムは二枚でている。
どの曲も二人のピリピリとしたテンションが感じられ、非常にききごたえがある。

I'm Through With Love

I'm Through With Love

  • アーティスト: 堀秀彰&浜崎航 DUO,Hideaki Hori & Wataru Hamasaki DUO,堀秀彰,浜崎航
  • 出版社/メーカー: BQ Records
  • 発売日: 2012/05/17
  • メディア: CD
  • クリック: 3回
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これまた若手の盟友、堀秀彰さんとのDuo。
堀秀彰と浜崎航は、これまた強力なリズム、高瀬裕、広瀬順次の四人で結成した”Encounter”というバンドで活動している。ワンホーンのカルテットという古典的な編成ながら、ジャズにあまり馴染みがない層にも訴求すべくサウンドを追求しているバンドだ。僕も「あんまりジャズ馴染みないんですぅ〜」という女子には、とりあえずEncounterを紹介している。わかりやすくカッコいいからだ。
このアルバムは堀さんらしさ、浜崎さんらしさが、またEncounterとは別の形で発露した好盤だ。選曲もよく、アルバムの雰囲気もよい。
halfboileddoc.hatenablog.com

Conversation

Conversation

こちらは、活動初期に作られたもの。日本在住も長い渋いピアニスト Philip Strange氏とのDuo。
スタンダード多めで、まだ発展途上感はあるが、やはり素晴らしい。

"Roy's Hard Groove"およびRoy Hargroveの足跡について

おススメ度90点
スーツにスニーカーが超クール度 100点

ロイズ・ハード・グルーヴ~ベスト・オブ・ロイ・ハーグローヴ

ロイズ・ハード・グルーヴ~ベスト・オブ・ロイ・ハーグローヴ

「ロイハー」こと、昨年急逝したRoy Hargroveのベスト盤。
この前小林洋介というプロのトランペッターの方のグループレッスンをうけたのですが、その方のRoy Hargrove愛がひしひしと伝わってきて、なんだかとても嬉しい気持ちになったので、改めて足跡を確認するために購入してしまった。

Roy Hargroveは僕がジャズを始めた学生時代に、新世代のスターとしてさっそうと登場した人。
そしてこの前、なんと49歳の若さで死んでしまった。
どちらかというと、Milesとか、Clifford Brownとかではなく、圧倒的なかっこよさと派手さから「Lee Morganの再来か」みたいに言われたことを覚えている。早逝ぶりもLee Morganっぽいことになってしまった。

新主流派みたいなのが流行りつつある時代、ジャズのレジェンドたちがゆっくりと退場し、ジャズはウィントン・マルサリス史観とでもいうべき、「アメリカの黒人史に深く結びついた歴史的音楽」という閉じた環の中でのみ意味をもつように緩やかに時代が転回していくなか、ロイハーグローブは、自分の立ち位置を、ジャズの中で、HiphopやR&Bの中で模索して生きた。

Roy Hargroveの足跡は、ここ30年くらいのJazzからHiphopに至る音楽マーケットの伸長に重なる。
時代の寵児としてJazzの枠を超えて、Acid Jazz、Funk、Rare Grooveなどの様々なジャンルに挑戦した。

それは場合によっては場当たり的に見えるかもしれない。
なんとなく、フュージョン全盛の時のFreddie Hubbardの足跡を思わせるような感じもある。
が、音楽そのものの行方がわからない現状において、精一杯、選択肢を広げるための行動であったと思う。
先駆者がいない道を、Roy Hargroveが切り開いたのは確かだ。
ロールモデルのない新たなジャンルでの活動というのは、きっと色々苦労も不安もあっただろうと思う。

例えば、ウィントンマルサリス。この人は、キャリアの初期の段階では、先輩に次々声をかけられて若手ジャズマンとして開花する(その前はジュリアードとかでてクラシックバリバリだった)も、途中から、「アフロアメリカンのルーツミュージックとしてのジャズ」という大義名分を得てからは、ある種自分の帝国を築いてしまい、現代のジャズにアクセスする姿勢は完全に失って、しかもそれを全く悪いことであるとも思わない。イデオロギーや純血性を重んじる人だ。*1
対して、ロイは、そういう安寧なところにおさまらず、自分のサウンドを、新しいサウンドと共振させて、新しい音楽に身を委ね、しかし古い音楽を捨てたりディスったりすることもなかった。帝国を統治することには関心がなく、あくまで一人のプレイヤーとしての立ち居振る舞いを大切にした人だと思う。剣道場を背負い、経営をするのではなく、あくまで剣客としての一生を全うした人だ。

だからこそ圧倒的に軽やかで、かっこいい。
やっぱりRoy Hargroveかっこいいな。

参考:
youtu.be
今回の話に出てきた小林洋介氏。カルメラというバンドでの活動で知られています。
この動画は、ややプライベートっぽい、一人のフロントマンとしての映像。

youtu.be
カルメラはこういうバンド。
スカパラからスカという縛りをなくしたような感じ。かっこいい踊れる系のインスト音楽。
こういうジャンルって今意外に競合が多い。ジャズマン、もしくはFunk frontとしての単独の仕事というよりは露出も増えるんだと思います。どんな人たちがやっているんだろうと思いましたが、一個のジャズマンとしてきちんとアドリブできないと、こういう音楽をさらりとかっこよく演奏できない、ということはよくわかりました。
ちなみに動画をご覧になればわかるのですが、ホーンセクション、特に金管はダンスステップにおいて、上下に激しく動くと唇に衝撃が加わって、唇を痛めてしまうので、どうしても上下動をおさえ、すり足になってしまうよなーと思う。
これをかっこよく見せるにはどうしたらいいんだろう。


roy hargrove quintet - strasbourg saint denis
いろんなジャンルのはざまで、自分をつらぬいたRoy Hargrove、FunkとHiphopの間みたいな立ち位置で、佳曲目白押しですが、一般的にも一番知名度が高いのが、この St.Denis Strousbourg。

*1:その意味で言えば、個人的にはパット・メセニーの方が、ジャズ的姿勢だと思う。

Jay Ashby(ジェイ・アシュビー)について

Return to Ipanema

Return to Ipanema

このCDを買ったら、Jay Ashbyがサイドメンに入っていたので取り上げてみた。
今回の記事は、そもそも届く対象が非常に狭いものだと思いますが、すいません。

* * *

Jay Ashby
日本ではあまり知名度がないトロンボニスト。
CD買いの自分のアーカイブに、ほんの時々だけ顔をみせる、はぐれメタルのようなキャラなのですが、僕には非常に印象に残るミュージシャンでした。なぜなら「こんな風に吹きたいな」という自分のイメージに、ほぼ過不足ない音だからだ。

例えば、Conrad Herwigというトロンボニスト(デイブ・リーブマンと共演したりするめっちゃコンテンポラリーな人です)には一時憧れていた時があったが、ハイノートや激早なパッセージも含めて、自分がそれを演奏しているというイメージがわかない。
youtu.be
絶対でけへんやろこんなん!


対してJay Ashbyは、基本的には歌う系のフレージング。スムース。
パッセージの早さなどは憧れるに足る存在でありながら、アクセントやイントネーションは控えめで、僕の目指しているのに近いし、フレーズは新奇さはないが、とにかく心地よい。音色も自分の好み。
自分のタイプの上位互換、と言ってもいいくらい。

Jay Ashbyについては、今回バイオグラフィーをネットで収集してみたわけですが、
・Brazilian Musicとの親和性が高い
・基本的にはマルチプレイヤー
・Producerでは、Latin-Musicで5度のグラミー受賞(すごいね!)
・オバーリン大学で講師とかしている

だそうだ。
Claudio Roditiと共演が多い印象がある。私のCDのアーカイブの中でも、Roditiがらみだった。
たとえが悪いが、B型肝炎存在下でしか感染しない、D型肝炎ウイルス(HDV)みたいなものだろうか。

Return Voyage

Return Voyage

これ、多分神戸元町の「りずむぼっくす」にてJazzのCDを大量に漁っていた時代に出会ったやつ。
音色のヌケのよさが印象的なTp/Tbによる二管の佳作。これもClaudio Roditi。サウンドは申し分ないのだが、オリジナル曲の曲名のパチモン感だけは手放しで褒められない。Whisper Yes、とか、Return Voyageとか、Jay by Jayとか。これ
こんなアルバム友達に勧めたらバカかと思われるだろ!でも内容はいい。

DOUBLE STANDARDS

DOUBLE STANDARDS

これ、購入履歴調べたら 2007年だった。もう12年も経つんだ…
Roditiがスタンダードとかやっている盤。

動画を漁ったら、結構ありましたね。
youtu.be
これは、ちょっとエイトビートのIn a sentimental mood。
こういうの聴くと、Nils Landgrenっぽい感じもしますね。
youtu.be
これは先ほどのアルバム中のオリジナル曲、Jay By Jay。ゆったりしたメロディーのファストテンポの曲という、やる方にとってはまあまあ地獄なやつ。
2分くらいからトロンボーンのソロです。
これのソロコピーしたなーと懐かしく思い出します(いやなかなかできないんですけど…)。

Takeshi Ohbayashi Trio "Manhattan"

オススメ度 90点

Manhattan

Manhattan

  • アーティスト: 大林武司トリオ,Takeshi Ohbayashi Trio,Terri Lyne Carrington,Nate Smith,Tamir Shmerling,Yasushi Nakamura,Takeshi Ohbayashi,中村恭士,大林武司
  • 出版社/メーカー: SOMETHIN'COOL
  • 発売日: 2016/11/09
  • メディア: CD
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令和元年の初めの日に何をとりあげようかと思ったが、とりあえずこれにした。
大林武司は、報道ステーションのオープニング曲「Starting Five」のグループJsquadのメンバーとして、知名度を馳せた。

【公式】報道ステーション・テーマ曲 「Starting Five」by JSquad
20代前半に渡米しそのままNYの第一線で活躍しているジャズ・ピアニストだ。
これまた渡米してBNと専属契約をした黒田卓也のサポートメンバーを数年前からしており、そのあたりからメジャーシーンにでてきた。

実はこの方、広島出身で、年に何度かオフィシャルにもプライベートにも広島に帰ってくる。
うちの地元にも、その折には時にワークショップとか、セッションさせていただいたりしている。
気さくな好青年で、飾らない性格。広島弁まるだしのMCも含めてとても人気がある。

まあ、地元びいきとかではなく、実力も折り紙つきだ。
当然第一線の領域で活躍しているだけあって、コンテンポラリーなボイシングやフレージングも当然すごいのだが、さらに、ここ数年本人も曰く、上から下まで鍵盤を使うようなスタイルに興味があって、みたいなことを言っていた通り、ライブをみていても、以前よりも上下のクラスターの使い分けだとか、オールドスタイルの語法なんかも垣間見ることができる。時に、オスカー・ピーターソンアート・テイタムとか思えるような、フレーズの引き出しが増えた。

さいぜん、NYに居着いて活動を続ける大江千里氏をとりあげたが、
halfboileddoc.hatenablog.com
大江千里が「オンリーワン」を目指してやっているのとは違い大林武司は「ナンバーワン」を狙おうとするカテゴリーでやっている。どちらがいい、というわけではない。大江千里氏にも、本人らしい滋味がある。
ただ、これからどういう人たちと共演するのか、という点でも大林武司のこれからの活躍は見守りたいところだ。

このアルバムは、昨年冬リリースした、シンプルなトリオ構成のアルバムで、
今の大林武司を堪能できる一枚だ。

せっかくのBlogなので、音源もいくつか載せておこう。

[Yu Tunes]“(They Long to Be) Close to You” cover by さかいゆう
これ、以前もだしたが、さかいゆう歌うClose To Youのバックのピアノは大林さんである。


Skylark Takeshi Ohbayashi 大林武司
これはソロピアノ。オールドスタイルの語法も随所にさしはさまれ、カラフルだ。
大林武司のソロピアノ、ライブなどでも時々聴くが、その場で適当にリクエストをもらって弾いても、きちんと楽曲として起承転結のドラマが構成されていて、全く間延びしない。

『ブルックリンでジャズを耕す』

オススメ度 90点

僕がピアノをするにあたって最も勇気づけられた本。
そして、「中年ロード」を歩むことに絶望しないでいられるきっかけを与えてくれた本である。

* * *

大江千里といえば『かっこ悪い振られ方』などで知られるシティ派ポップシンガー。
我々前後の世代では知名度は高い。
その後も楽曲提供なども含め、邦楽ポップス界で順調に仕事をしていた大江さん。

しかし、47歳の時に、「大江千里」としてのポップアーティストとしてのキャリアや仕事をすべて捨て、単身*1渡米。
ジャズピアニストとして再出発ためにニュースクールという*2音楽大学に入学したことは、当時タブレットを使い始めた僕は、カドカワのミニッツブックという電子配信書籍で知った。

47歳にしてジャズピアニストとして、というかジャズスクールの学生として再出発というのは普通考えたら無理な話。
しかも今ある仕事を全て放り出してですよ?
クレイジー。無謀やな。
多分本人もいろんな声を聞いたことだろう。

実際にニュースクールでは、言葉の壁もあるし、ジャズの素養がなさすぎて、楽器の技術的にも若い同級生にはるかに劣り、しかも歳だから物覚えもよくない。日本でトップミュージシャンだったプライドもあるだろうし、相当屈辱の日々だったんだと思う。
けど、それ以上に、氏にとっては、深遠と思われたジャズの種明かしがされ、自分の血肉になっていく喜びが優っていたようだった。

そんな学生時代の意気込みや不安は、ミニッツブックのエッセイで読んでいた。
『9番目の音を探して47歳からのニューヨークジャズ留学』

音大学生の時のエッセイはこれにまとめられている。

* * *

卒業後、マンハッタンからでてブルックリンに住み、ジャズ活動を続けている。
ジャズの語法を自分のものにして、そうやってテクニックを確立すると、氏が本来もっているポップスで培われたメロディーメイキングやリリシズムのセンスが、きちんとジャズを超えて、立ち上ってきたようである。

ある日、フランスから来たサックスプレイヤーとリハをやっていたときのこと。少し休憩しようとデッキで話し込んだら、こんなことを言われた。
「きみは今からニューヨークの分厚い層のビバップのパイの中に入っていくつもりなの?もしくは、ロバート・グラスパーのやっているような複合リズムの世界に参戦するの?そこにはもういっぱいのプレイヤーがひしめきあっている。もっと君独特の曲調を生かしたオリジナルをやるパイを自分の手で作った方がいいのではないか?」
彼は真顔だった。
「それをやったら僕は支持するな。フランス人の僕の耳にも心地よいその世界を、なんて言ったらいいのかな。君にしかない音楽?それをやる意味があるのではないかな」

結果的には確かなBopの技法の下に、彼なりのうたをきちんと伝えられているのが現在だ。
「Whimsical」という言葉が持つニュアンスの世界、らしい。
 
今までの経験は、ジャンルを急に変えると、最初は生かすことができない。
が、だんだん経験が深まって、あるレベルを超えると、今までの経験の池と新しい池がつながる瞬間がある。
その時、急速に進化したように見えるが、過去の経験が今のジャンルでも使えるようになったのである。
今までやった経験は、何一つ無駄ではない。

* * * 

本を読んで感じたのは、この大江氏のライフスタイルは、きわめて21世紀的ではないかということ。
人生は長い。
陳腐化した遺産を脱ぎ捨て、自分の好きなものを突き詰めて、そして、1日30食しか出さないこだわりの蕎麦屋、みたいな音楽を届ける。
結局人は音を聴いているのではなく、人を聴いている。
技術とパッケージで音楽が決まるものではなく、ストーリーとナラティブで勝負することはできるのだ。

むしろポップ・アーティストとして活動を続けていたら、先細りの日本のマーケットでは難しいことだったのかもしれない。
自分の生き方を見つめ、それを貫徹する。
意思の強さ、意味づけの大切さを知ることができる。
すごいなと思った。

 * * *

実はトロンボーン歴を30年以上続けている私だが、6年前からジャズピアノに手を出している(ピアノ経験なし)。
基本的にピアノってやつは大人になってから始めても大成しない楽器だ。
自分でも「無理やろ」とも思ったが、NYに渡ってゼロからジャズピアノに取り組む大江千里の奮闘を読んで、実は密かに勇気付けられていたのだ。
僕は職業ミュージシャンではないし、そこまでの切迫感はないが、
全くピアノ素養ない人間が大人から始めた、という制約では考えられないほど弾けるようにはなった。
枠にはめるのは自分自身で、可能性なんてやってみないとわからないものだ。
やってから後悔すればいい。
大江千里の行動をみて、強くそう思う。


せっかくなので、今の大江千里の作品を聴いてみた。

Boys & Girls

これは、大江千里のポップ曲をソロピアノでリアレンジしたもの。
なるほど、こんな感じか。ジャズの素養に裏付けられてはいるけど、メロディーを大事にしている。
弾き倒す系ではない。

Answer July

answer july

answer july

こちらは大江千里の楽曲に、ボーカリストが英語の歌詞をつけたもの。
ジャズスタンダードのような堂々とした正攻法のアレンジで、聴きやすいし、カラフルなアルバム。

ピアノの技量を見せつける、弾き倒す、のような「油っぽさ」がない分、バッキングに徹したサウンドディレクターっぽいピアノだ。

*1:正確にはミニチュアダックスフントを連れて

*2:バークリーみたいなもんです