オススメ度 90点
いい子ちゃんってなんだよ度 100点
- アーティスト:aiko
- 発売日: 2019/06/05
- メディア: CD
aikoのシングルおよびカップリング曲のベスト。
4枚組というとんでもないボリュームではあるが、ベストなので元手はかかっていないと。
その辺りを勘案してか、値段は安い。*1
あたし*2は当然限定版を買ったので、特典DVDなど、新奇なものはある。スタジオライブ映像。
ま、新たなaikoを楽しむというよりは、aiko総集編とでも呼ぶにふさわしい作品です。
シングル盤を網羅している超ディープなファンは決して多くはないはずだ。
あたしのようなうっすいファンにはありがたい。知らない曲も何曲もあったし。
* * *
ちなみにaikoはメンヘラに親和性が高いイメージがある。
それはなぜか。
basement-times.com
(こんな記事もありました。この記事に限らず、aikoファンにメンがヘラっている人は一定数いるように実感する。)
aikoの歌詞は「あたし」と「あなた」の没入性が著しく高い。
二人の世界。
というか、世界はまるで二人きりであるかのよう。
第三人称が少なく、あたしとあなたの二者間の関係性しかない。
口さがなくいってしまうと、aikoの歌詞世界は「社会性」が著しく乏しいのである。
- 隣室のマンションの男が朝からうるさいわ〜注意したろか〜とか、
- 職場の新人がさあ、入職三ヶ月で有給休暇付与1日もないのに休みたいってダダこねとんねん
- 親戚の集まりにいったら、なんか、おばさんの、従兄弟、の嫁、みたいな人にえらい絡まれたけどなんなんあいつ!
みたいな、俗世の身すぎ世すぎとか、第三人称の濃厚な人間関係は一切でてこない。
世界は「あたし」と「あなた」だけ。
その心象風景はかなり壮絶だ。
「セカイ系」ともマッチする世界観ともいえる。
でも、なんとなくイメージで思っているけど、本当にそうなの?
というわけで実際に計量してみた。
方法
- 「aikoの詩。」に収載された56曲の歌詞カードの中から、登場人物を人称ごとに抽出した。
- 「あたし」「あなた」「あたしあなた以外の第一・第二人称」に加え、第三人称もしくは第三人称に準じた人物と思われるフレーズをピックアップした。
結果1:aiko世界には第三人者はほとんど存在しない。
56曲中の歌詞中:
第一人称(圧倒的に「あたし」が多い)は206回
第二人称(「あなた」がほとんど)は303回登場しました。第三者と思われる人称(いい子ちゃん、優しい人、死ぬほど逢いたい人、友達、あの子)は計6回登場した*3
まとめ:第一人称が 40.0%、第二人称が58.8%、第三人称は1.2%の頻度で出現する。
まず、驚いたのは、一般的な第三人称である「彼」「彼女」が、そもそもなかったこと。
そして、第三人称的な単語も、出てくるにしても、本当に一瞬。
「あの子」とか、ちょっとオブラートにくるんだ言い方で、第三者を紹介する。
その頻度も、あなた50回に対して第三者1回という程度で、ものすごく少ない。
aiko世界には予想どおり「あたし」と「あなた」以外には登場しない。
これは、aikoの歌詞世界の特徴といえそうです。
(サンプリングエラーの可能性もあります。たとえば『アスパラ』『明日の歌』などの失恋直後を思わせる曲には、恋敵であろうと思われる「あの子」がもう少し出てきます。)
念の為、aiko以外の普通の歌謡曲も聴き比べてみましたが、第一人称・第二人称の関係性が歌の中で大半をしめるのは共通とはいえ、第三人称含め、他の登場人物がまあまあでてくるのが普通です。たとえばドリカムとか。
aiko世界には友人とか家族とかそういう近しい存在さえもほとんどでてきません。
結果2:「あたし」「あなた」だけなのか
aikoの第一人称は「あたし」第二人称は「あなた」と勝手に思っていました。
基本的にはやはりそうです。
第一人称の合計206回のうち、「あたし」が188回(91%)、
第二人称の合計303回のうち、「あなた」が258回(85%)でした。
しかし、100%ではなかった。それ以外のパターンも結構ありました。
「僕」「君」パターンが 5% (3/56曲)にあり、
「あたし」「君」パターンが 7% (4/56曲)にありました。
その他、分類に悩んだんですが、「ボーイフレンド」(『ボーイフレンド』)「Darling」(『恋をしたのは』)などもありますが、これは特殊な外れ値と言えるでしょう。
作詞の表記揺れもあります。シングル曲だけでなくてアルバム曲も網羅すれば、まだ珍しいのもありそうです。例えば『BABY』収録の『鏡』では、「俺」という見慣れない第一人称が使われています。
「あたし」「あなた」以外の人称に時代的変遷がないかどうかを調べました。
今回のベスト盤に収録されている56曲を38枚のシングルの発表順に並べたグラフです。*4
青い色は「あなた」「あたし」の回数を、赤い色はそれ以外の第一人称・第二人称を示しています。
あくまで傾向ですが、年代がくだるにつれ、「あたし」「あなた」の定型から外れているものが増えているようです。
理由はいろいろ考えられますが、
さいごに
今までaikoの楽曲に感じていたことを実証しようと、かるーい気持ちで、ブックレットの歌詞カードから「あたし」「あなた」をカウントする、という誰のなんの得にもならない作業を今回やってみたわけです。俺結構多忙なエグゼクティブ*5なんですけども。
歌詞カードをとっくり読み込んで発見したことは、歌詞カードからの方が、aikoの地の声が聴こえる気がしたことです。
視覚でaikoの歌詞世界を眺めていると、歌よりもaikoに迫った感さえありました。
なんだかんだいって、歌はバックサウンドとかコード進行とか、注意する要素がたくさんあるから、純粋に歌詞を味わう感じにはならない。
歌詞を読むと、aikoのセリフとなって歌詞がきこえてくる。
「あなた」を呼ぶ「あたし」の声。
時には自分の中の「あたし」が「あなた」を見つめている、そういう気分さえもなる。
aikoの世界って、aikoが特定の誰かとの恋愛風景の断片を歌にしたものですけれども、今までのaikoの人生の中で為されてきたそれらが一塊となって迫ってくると、もうaikoの魂からダイレクトに本質的ななにかが、こちらの心に飛び込んでくるようでした。
なんか、すごかった。
確かに、俗世の人間関係を、それこそ吟醸酒の精米歩合のように削りに削れば、最後にのこる関係性は「あたし」と「あなた」しかありません。
aikoの歌詞では「あたし」と「あなた」は絶対的に存在していて、距離の近い遠いはあれど、別れの理由など、ほとんど言及もされません。
俗世的なことをいえば、別れる理由には、経済的理由だとか、第三者の存在(「あの子」ね!)だとか、浮気だとか、いろいろあるでしょう。
そういうのはほとんど歌詞にはでてきません(あっても一瞬です)。
大事なのは「あなた」と「あたし」の二人の心だけ。
だから、aikoの歌詞世界は、社会性がないのではなく、社会性を削ぎ落としているんだと思います。
作業の合間に歌詞を熟読していると、なんかだんだんこのaiko世界に侵食されて、
この44歳のうすぎたないおじさんが、「あたし」と「あなた」の世界にひきこまれていくんです。
すごいなaiko。
というか、aikoいままでよく変なやつにストーキングとか、殺されたりせえへんかったな!
とさえ思う。
まあ、確かにこのaikoの「あたし」から「あなた」に向けて発せられる愛、一曲二曲分だったら、治療濃度としてちょうどいいかもしれない。
けど、このベスト盤のぶん全部浴びたら、致死量かもしれんわな。
放射線みたいなもんやわ。
いやもうほんま、こんな強度で人を愛しているのに、なんで別れるの?
いや、知らんけどさ。
というか、なんで結婚しないの?とも思う。
もう絶対的な愛すぎるやん。
いや、aiko本人の人生のありように文句はいいますまい。
aiko的な世界を俗世に届けるシャーマンのような存在なんだと思う。
ありがたや、ありがたや。
* * *
はい。というわけで、そういう疑似体験、おすすめです。
ベストを買って、ブックレットを冷房の効いた部屋で、ベッドに寝っ転がって読んでみたらいい。
ティーンエイジャーの頃の記憶がよみがえって、死にたくなるから。
そしてTシャツの匂いとかかぎたくなるから。
あと、いい子ちゃん(『Do you think about me?』)ってなんだよ。
「いい子ちゃん」歌詞に書いて許されるのは、aikoと東京03の角田の『マジ歌選手権』だけだろ。