半熟三昧(本とか音楽とか)

半熟ドクター(とはいえ気がつくと医師20年選手だけど)の読んだ本とか音楽とか

『超一流、二流、三流の働き方』

ちょっと前にWebで話題になっていたので、読んでみた。
執事とかをやっている人が語る『一流の人の行動規範はこうですよ』というやつ。

銀座のママが語る、一流、二流、三流、みたいな本もあったし、とかく、一流・二流みたいな本は、きっと売れるんでしょうね。

僕も「くだらん」と思いながら、二流三流と思われたくないから読んでみるわけだ。
はっきりいって、こんな本を読む超一流はいないと思うから、これ読んでいる時点で超一流たる資格はない。
家庭画報』や『CLASSY』を読む人のメンタリティに似ているかもしれない。

* * *

内容は、うん、まあ、わかる。とは思った。
超一流、というか、裁量権のあるエグゼクティブは、スケジュールに拘束されない生き方はたしかにできるだろうし、経営者であれば、労働と仕事の境目もないから、そんな感じの働き方にはなる。
俗人のように、スケジュールやつまらんしきたりやお金にしばられることもなく自由に振る舞う反面、その精神的な自由を追い風に高価値のアウトプットを行う、というのが一流の人のありかたのようだ。

また、超一流の人らしい、細やかな気配りみたいなものも、確かにそう。
仕事の多くはご縁でつながるものであるので、そういう人間関係を大事にする姿勢というのも、そうだろうな。
偉そうにしているやつに、ホンマに偉いやつは滅多におらん。

* * *

ただ、読んで「そうですね……」という感想以外のものはなかった。
超一流の人の行動を即実践すれば、超一流になるというものでもないだろう。
「ひそみに倣う」という言葉があるよね。

超一流の人は、そういうスタイルだから超一流になったのではなく、超一流になってから生活スタイルを最適化したのだと思うしな。
だから、執事視点で見たら、超一流の人はこうでした、という書き方で「こうすれば超一流になれる」なんて書けるわけもないのだ。
原因と結果の混同、手段と目的の取り違えに注意しないといけない。

とはいえ、すごい人の、自由な生き方というのは垣間見るだけでも楽しいものだ。
いいなー。って。

私も比較的自由な裁量権を持つ経営者という立場ですけれど、所属医師の中で最年少。
なので、バリバリムシャムシャ働かないといけない。
時間という意味では、本にあるような超一流の自由さとは全く無縁なのだよね…。

あ、イミダペプチドは試してみようっと。