日曜日旅のお供に本棚の奥に眠っていたやつをひっぱりだして読んだ「今朝、ママンが死んだ」から始まる有名なやつである。
うーん、旅先の、浮ついた心で読んでもあまり心のコアな部分には響かないのなのかもしれないな。なんといいますか、案外平凡な読後感なのですよ。
この小説が上梓された時代にはこれは圧倒的に新しかったのだと思う。だが逆に現代を生きるわれわれは、彼らが切り開いた地平を生きているのだ。我々にとっては、このような(ある種離人症的な)視点はむしろデフォルトスタンダードになってしまっている。
たとえば、Jazzのレコードだって、出た当初はごっつ斬新なアイデアだったりしても、その後フォロワーが沢山同じようなことをして陳腐化してしまうのと同じ。
ルーツになった古典というものは後の世に見直してみるとむしろ陳腐になってしまう。