半熟三昧(本とか音楽とか)

半熟ドクター(とはいえ気がつくと医師20年選手だけど)の読んだ本とか音楽とか

マイケル・ギルモア『心臓を貫かれて』上・下 村上春樹訳

心臓を貫かれて〈上〉 (文春文庫)
村上春樹氏の昔のエッセイで、訳した時の話が取りあげられていたので買って、読んだ。

犯罪者の男。子供の頃から道を踏み外し、職業的犯罪者になり、人生の多くを収監されて過ごした男。出所したあと、明瞭な理由もないままに二人の男を殺し、死刑を宣告された男。

客観的にみれば、同情の余地はなし。
だけど、この男の弟は、こうなるまでに至った2代、3代前に至る家族のシークエンスを丹念に書き連ねてゆく。それを読むことで追体験するうちに、彼が引きおこしたこうした結果も、不可解なものではないのではないかと思わされてしまうのだ。

 人は自分のしたことに責任を持たなくてはならない。だが、自分の系譜が背負った原罪に対して責任を負う必要が果たしてあるのだろうか?
自分の生まれる前から、自分が追いやられる方向があらかじめ定められていたら?
悪意に満ちた、地獄へのレールが敷かれていたら?

僕は割と恵まれた人生を送ってきた。
自分の成果は自分の努力ゆえに得られたという健全な考え方を侵されないで人生を送ってこれたわけだが、それは、ひるがえってみると、やはり恵まれているということなのだろう。
それは、自分の賃借対照表が基本的に黒字だからだ。


だが、そうした資産を注意深くはぎとっていったむき出しの私は極めて弱い人間だ。もし、僕がこの本に描かれているような地獄の釜の中のような家庭に身を置いていたら、彼のようにすらなれないだろう。

家庭とは、かくも怖ろしいものか。