- 作者: 太宰治
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2004/06
- メディア: 文庫
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特に深い意味はなく、僕は旅行に行く時には哲学書とかの小難しい本か、積ん読で放りっぱなしの本を持っていくことにしています。旅行中は携行できる本に限りがあるので、いやでもその本に向き合わざるを得ないから。
ま、旅行に旅行記を持っていくのはなかなかよいと思いました。旅する場所はちがえど、旅情ならではの共通した感覚がある。
この本は終戦直前の昭和19年、太宰が出版社かなんかの企画で故郷である津軽紀行を頼まれて、書いた文。
一言でいうとあんまり太宰っぽくないです。なんつーか、例えば村上春樹でいえば代表作の長編小説群に対する村上朝日堂というか、そういう位置づけの楽屋裏的な本です。
そしてこの旅行も、ぶっちゃけた話、昔の友人の好意にすがりまくり、たかりまくり、酒飲みまくりの旅で、なかなか、太宰さん、いい味がでています。あちこちでサーセン、サーセンといいながら、飲み、志賀ファンの面前で志賀直哉の悪口をいいまくり、泊まった先の女中が鯛を姿焼きにせず切り身にしてしまったことくらいのことでぶち切れたりしています。
しかし、太宰の芸風というのが、ナルシストでありながら自己卑下まじりの陳謝をしながら、普通に生きている人のちょっとやらしい側面をえぐり出すというところがありますから、小説のモデルにされる身近な人にとってはたまったものではなかろうと思うわけです。
じゃあこんな紀行文ではどうなるか。
小説ではないし、ほぼ実話で友人が登場し、なおかつ、彼らに世話になりまくりで、まー「太宰的芸風」とは相容れない旅ですわな。
結局、どんな風に書いたのかというと、もう、先ほど書いたとおり、サーセン、サーセン、サーセンの嵐。腰砕け。そして太宰も、その腰砕けを、あーオレ腰砕けしちゃったーみたいにへらへらしている感じがあります。故郷の友人というのは、なんつーか、いいもんですね。「おうちのなか」的微温感がある*1。
最後に、乳母との再会シーンがあり、そこだけは少しトーンが違っておりました。
印象としては、本当に創作意欲が旺盛な時期に書き散らされた文で、今日日の商業主義売文作家の企画エッセイに近い匂いがぷんぷんする作品なんですが、逆に太宰の人となりが見えて、他の(意識的に自意識過剰を露悪的に書いた)小説群とはまた違ったリアルさがありました。
意外な読み味です。
ちょい、ハッピーな気持ちになれます。