半熟三昧(本とか音楽とか)

半熟ドクター(とはいえ気がつくと医師20年選手だけど)の読んだ本とか音楽とか

梨木香歩『家守綺譚』

家守綺譚

家守綺譚

 時には、自分が選んだわけではない本に偶然出会い新しい嗜好ができることもあるわけで、一年ほど前にこの作者の『西の魔女が死んだ』を連れが買ってきて読んだのが好印象でした。で、今日図書室にあったのをなんとはなしに読んでみたわけです。
 作風・文体は全然違ってましたが、これもすごくよかった。

 死んだ友達の旧家に独りで住むことになった男が主人公。時代背景は、明治か大正。まるでつげ義春漫画の登場人物のような、世間との繋がりの希薄な、喧噪と隔絶された生活をおくるうち、その生活の中でいろいろなことが起きる。
 「いろいろなこと」は、簡単にいうとアニミズム的なある種の超常現象のようなものなのだが、この世界ではそれは現実と地続きな出来事の一つであるらしく、我々から見ると現実離れした出来事が、しかし現実的な筆致で淡々と語られる。これはまるで夢の中での世界の受け入れとも似た感じで、夢か現実かその境が判然としない、その空気感がなんともいえない。

 西洋ではファンタジー記号論の読解がかなり発達しているため、自然の中の固有な事物、草花や動物に付与された精霊的イメージが長い歴史の中で明らかであります。たとえば、指輪物語なども、そうした西洋的ファンタジー象徴がふんだんにつかわれているし、先ほどヒットした『ダ・ヴィンチ・コード』では主人公が象徴学の教授でした。
 この話は、西洋にて培われてきたそういった象徴学的と同等のことを日本的世界の中でやろうとしているように思われます。この方は英国に留学していたらしいですが、おそらくこの小説のような事物の見方は、その頃醸成されたんじゃないかと思います。江戸時代の上田秋成などは(雨月物語)この手のお話の代表ですが、そういう系譜に連なるような、しかしそういった学問的な云々を感じさせない情感が出ていて、大変に感動しました。そういう意味ではとてもあっさりした読み味ですが、恐ろしく手間がかかっているし、内容的にもかなり深いと思います。

 装丁もとても綺麗ですね。