半熟三昧(本とか音楽とか)

半熟ドクター(とはいえ気がつくと医師20年選手だけど)の読んだ本とか音楽とか

『科学は誰のものか 社会の側から問い直す』

オススメ度 70点
現在の「専門家会議」と政府のあり方、などの齟齬の原型があるな 度 100点

昭和の学研の子供雑誌には輝かしい未来が描かれていた。
科学礼賛主義で科学でなんでもできると思われたが…
21世紀の現在、科学はそれほど絶対確実ではなくなった。
科学技術の進歩がそのまま社会の発展や個人の幸せに結び付かず、むしろたくさんの複雑で深刻な問題を生み出してしまっている(公害や原発がその象徴)。

科学を、社会が、政治がどう利用するか。
これが、本書のテーマである 科学技術社会論STS (Science, Technology and Society )らしい。鍵は、科学の不確実性。

・科学=Scienceと技術=Technologyの違い
・「統治からガバナンスへ」という近年普遍的な潮流は科学においても例外ではなかった。
・リスクコミュニケーション
・Known Unknowns(知られている無知)Unknown Unknowns (知られざる無知)
・不確実性の原因となる知識は、状況依存性(contigency)がある。「成立条件」「適用限界」という縛り。実験室の「閉鎖系」とリアルワールドの「開放系」の違いもある。
・つまり誠実な科学者は、白黒つけられない。
・対策の根拠に確実性を追求しすぎることは、無策のまま被害を拡大させ、取り返しのつかない事態を招きかねない。これを「分析による麻痺(Paralysis Byanalysis)」という。

科学を扱うにあたり、とても大事なことが述べられている。

例えば、今回の新型コロナウイルスSARS-CoV-2)に対する対応、専門家のアドバイスと政府の意思決定の間の違いやもどかしさは、STSでほとんど言いあらわせそうだ。
というか、コロナという格好の題材は、いささか読みにくいこの本を読むいい機会だ。コロナという不確実で得体の知れないものに対峙しているけど、不確実なデータからどうベターな現実策に着地させるかは、とても難しいことだ。
後出しジャンケンで、データが出揃ってから言ったり断罪することは誰にでもできる。*1

ワイドショーは、私よりもやや高年齢でややリテラシーのない集団を相手にしているが、この人たちは科学万能主義の時代に人格形成された世代だ。
間違っていても強く言い切るコメンテーターを信じてしまうのは、そのためかもしれない。

不確実さを尊重して正解にたどり着くには知的忍耐力が必要だ。
だが、そういった知的忍耐力はメディアでは理解もされない。*2
安倍総理が、専門家会議の意思決定を無視して、休校を決めた三月の決定は、不確実な中でなかなか敏速な判断だったと思う。
ただ、緊急事態宣言は、遅れた。これは「Paralysis By Analysis」だったと思う。
 第二波が来ていてもGo Toキャンペーンを決行しようとしているのもそうかも知れない。ただこれは利害関係の対立と局所最適と全体最適の問題もありそうだ。

VUCAの時代、確たるデータが出てから動いては遅い、データが揃う前に意思決定を下さないと…という点では

山口周さんの、この本もオススメなので、ぜひどうぞ。

*1:医療裁判とか、医療に関する誤解も、ここにあるように思う

*2:というか日本のマスメディアの諸悪の根源は、ここにある。残念ながら日本のメディアのほとんどは知的忍耐力や教養に欠けているように感じられる。