貧困ルポとでもいうべきジャンルがある。
貧困生活を送っている(多くは水商売だったり風俗であったり、非正規雇用であったりホームレスだったり)都市生活者の実録だ。
今に始まった話じゃなくてこういうのは明治大正からあるが、口さがなく言えば、フツーの人にとって「自分はこうでなくてよかった」という安堵感と優越感を満たすコンテンツとしての意味がある。*1
私の世代は、既存の価値観やレジームが大きく変わって、社会の地殻変動に大きな影響を受けた。
私などは専門職&実家が太いということでのうのうと暮らしているが、*2一歩間違えていたそういう人生も十分あり得る。私などアルファ雄ではなくて、隠キャのスクールカースト底辺男子なのだから。選択肢間違えたらやばかった。
自分語りはいい。
この本の話に戻そう。
この本は、「最貧困女子」などで名を馳せた鈴木大介氏の体験。
貧困に困窮する都市生活者のルポに際して、鈴木氏は、気の毒に思うと同時に、彼らの態度、例えば時間や約束が守れない事や、行動や言動に違和感を感じたり、イラっとすることも多々あったのだという。ただ、そういう取材者の対象に対する感情的な印象というのはできるだけ廃してできるだけ公平に書こうとして、一連の貧困ルポは上梓されたわけだ。
だが。
鈴木氏は、不幸なことに若くして脳梗塞になってしまい、高次脳機能障害が残ってしまった。
そうなってみて、彼は、貧困女子達の行動や言動が、心の底から理解できるようになる。
なるほど、こんな世界で彼女らは生活していたんだ!そりゃ貧困から抜け出すなんて無理ゲーだ。
実録、オリバー・サックスとでも言いましょうか、高次脳機能障害を抱えて生活する鈴木氏の体験記が、とにかく鬼気迫る。
レジで、小銭を出すことができないのである。
567円と言われて、財布に視線を移すと、その567円というのを忘れてしまっている。100円玉を数えても、何枚目かわからなくなってしまう。
うまく小銭を掌の中で扱うことができない。 ぶちまけてしまう。
周りの人の視線が突き刺さる。
うーん。確かに、無理ゲーなのかもしれない。
高次脳機能障害は人により様々であるし、うつ病を患った人のありようとは違う部分もあるだろうが、一旦心が壊れてしまったらどうなるか、というのを擬似体験できた鈴木氏は、より一層、かつての取材対象であった彼女らを深く理解するのであった。
そういう「ちょっとアレ」な人は、自分と地続きな存在であるということを示してくれた点で、この本は貴重な記録であると言える。
その意味では、ある種のコペルニクス的転回があるわけだが、ただ、この話に救いのある出口がないのも事実。
そもそもなぜ貧困ルポというものが存在するのか。
そういう社会課題をなんとかできないか、というのが建前としても出版の動機なんだと思うけど、この本を読む限り「そりゃあ無理だよ」という結論にならざるを得ないわけで。
そしてそれは私も業務上たずさわるそういう人に対する感覚としても間違ってないよなー、と思う。
難しい。難しいよ。
とはいえ、ものすごく色々なことを考えさせられるので、みんな買って読んでみたらいいと思います。
