半熟三昧(本とか音楽とか)

半熟ドクター(とはいえ気がつくと医師20年選手だけど)の読んだ本とか音楽とか

『里山資本主義』『進化する里山資本主義』

オススメ度 120点

ひとことで言ってしまえば、最近はやりのESGだとかSDGsの話。
なのだが、実は自分の住んでいる中国地方で、その取り組みが進んでいることを初めてしった。

現代社会へのアンチテーゼとして、お金の循環がすべてを決するという前提で構築された「マネー資本主義」の経済システムの横に、ひっそりと、お金に依存しないサブシステムを構築しようという考え方が「里山資本主義」。

資本主義や都市中心主義の観点からは「僻地」「負け犬」と言われるような人口減少限界集落にこそ豊かな生活はある、という革命的な視点。
里山資本主義をすすめるとGDPは下がるが、市外に出てゆくお金が内部に留まるため、生活としては間違いなく豊かになる。

そのあたりをこの本は丹念にえがいてゆく。
奈義町の銘建工業では、木材加工からバイオマスを利用した発電を行い、家庭用ペレット(木くずから作ったもの)で地域のエネルギーを賄うことができる(石油などの外部からのエネルギー輸入が不要になる)。
ロケットストーブを改良したエコストーブによる燃焼効率のよい炊飯体験(庄原)。
実はオーストリアでも同様の取り組みは始まっていて、林業、そして木材をエネルギー資源とした社会構築が進んでいること(ギュッシング・モデル)
CLT(クロス・ラミネイティド・ティンバー)を用いた木材による高層建築。
田舎に当たり前にあるもの(例えば雑草)が、都会人にとって珍しく、宝になりうること。
貨幣を介した等価交換よりも貨幣換算できない物々交換の復権
周防大島でのIターン(嫁ターン)、観光資源の再発掘の話(瀬戸内ジャムズガーデン)島根県邑南町での取り組みなど。

事例が身近なだけに説得力があった。
多分この本に衝撃を受けたのは、私が当の広島県に住んでいるのに、こういうことをほとんど知らなかったからだ。

実際、瀬戸内海が近年国際的な観光価値が上がっていることは知ってはいた(今回のコロナで外国人観光客相手のビジネスは大打撃だったようだが)。周防大島の話も他人のSNSにちょいちょいでてくるし、邑南の話も奈義町の話も噂には聞いていた。この「里山資本主義」はそういう自分の暗黙知的な行動に思想的なバックボーンを一つ照らしてくれたような気がする。点が線につながった。

実は最近、市街から離れた神石高原町にいって、古民家で焚き火キャンプみたいなことをしている。
私は多趣味だがアウトドアだけはしないマンだった。
それが、存外に楽しかったのだ。
自然に囲まれて、喧騒(カエルの鳴き声は喧騒ですけど)を離れ、ゆっくり考える時間を過ごすとリフレッシュ効果が半端なかったのである。

ということでこの一ヶ月ほどは、体験としても中国山地の「里山」を体験していたので、この本で述べられていることがすんなり体感できたわけだ。
要するに、市街地だけではなく、中国地方は瀬戸内海も山間部もひっくりめてコア・バリューとして考えにゃならん、ということだね。

例えば常石造船(常石ホールディングス)などはきっちり20年前くらいからそういう取組みをしているんだよね。

では私の分野、医療ではどういう形のコラボができるか……これはなかなか難しい話だとは思う。けど、脆弱な人口過疎地域において効率の良い医療を提供できるなら、都会からの移住という事象に対してバックアップできるかもしれない。

広島NHKの記者が中心になって取材しているために中国地方の取り組みが優先して取り上げられているので、非常に得心がいった。取り上げられている地方を「聖地巡礼」してもいいかもしれない、とさえ思った。

続編のこの本は、中国地方にとどまらず、全国での各地方で、同じような地域振興の取り組みを起こっている事例紹介である。これはこれでバラエティーに富んでいてかなり面白かったのであるが、PDFのそのまま画像化した電子書籍だったので、マーキングもできない仕様だったのが残念。

参考:

田舎に隠棲する嚆矢なのかも。
halfboileddoc.hatenablog.com

これの後半に田舎にパン屋を作って、天然酵母のパンを作っている人の話がでてくる。神石高原町にも天然酵母のパン屋があって、どれも結構素朴でうまい。
halfboileddoc.hatenablog.com

思い出したが、私は研修医になってマジ田舎に配属されて、それは面白い生活でもあったのだが、やはり「下放」というニュアンスに対して屈辱感のようなものもあった。だから田舎というものに対してややアンビバレンツな態度というのもあったと思う。そこから20年がすぎ、ようやくこだわりがとれてきたのも、今回の田舎家を受けいられるようになった一つの要因かもしれない。