半熟三昧(本とか音楽とか)

半熟ドクター(とはいえ気がつくと医師20年選手だけど)の読んだ本とか音楽とか

『軍事と政治 日本の選択 歴史と世界の視座から』

現代日本の軍事に関する構造的な問題をとりあげた本。

・「戦力」と「実力」「実力行使」
・「政軍関係」と「統帥権
のあたりがキーワード。

日本の軍事に関する論壇はやや特殊で、イデオロギーのフィルターがかかっており、ポジショントークの傾向が多分にある。
この本は軍事の視点からできるだけフラットに状況を著述しようとしているように見える*1。その意味で、文章はやや固めで密度が高く、どちらかというと論文形式に近い。「ざっくりいうと」みたいなまとめが全くなく、アホの人を全く寄せ付けないソリッドな文が続く。1時間で読めるようなビジネス書に慣れてしまうと、実に読みにくい(笑)

「戦力不保持」という憲法第九条二項が、自動的に日本の安全を保障してくれるわけではない。
憲法9条による軍備の制限と、現実の折り合いをどうつけるか、というのが戦後日本のテーゼであるわけだが、そこに至るまでの経緯と、現実的な法のあり方が、かなり細かいレベルで説明されており、非常に有意義だった。

戦前は軍がいかに政治から干渉されないように頑張った結果、逆に軍部の独立、暴走を許してしまった。
戦後はその反省からか、軍の独立性を極力なくして自律性を喪失させているのが特徴だ。しかしその割には法整備が憲法9条のタブーで進まない。そのため諸外国でのスタンダードとされるような「シビリアンコントロール」がそもそもできない。法律のピットフォールが多々存在するため有事を想定することさえできない。
結局自衛隊が「タブー」であるがゆえに法整備もすすまないというのが戦後の桎梏である。かといって、湾岸戦争以来、海外派兵も全くしないという選択肢もないことがわかってしまった(今の経済的繁栄のなかで人的な国際貢献を全くしないのはフリーライダーと謗られても仕方がないのだ)その意味で八方塞がり。

安倍さんが憲法改正憲法改正といっていたのもまあわかる気はするよな。
多分現場の実務家は本当に途方にくれているんだと思うから。
ただ、彼は自らの行動と言動で、それを動かすことはできなかった。
あと一歩だったのに。残念っすね。

参考:

この辺のダブルバインドは、かわぐちかいじの漫画では繰り返し語られていることだ。
別に大して教養がなくても、この分野に一家言ある人が多いのは、この漫画家の功績が多分にあるだろう。
漫画ってやっぱ圧倒的なわかりやすさで、人々を説得できると思うね。

戦前の軍のいろいろな構造的な問題に関しては、読んだ中ではこの辺か。

(これはBlogには書いていないが、色々参考になる話が多い古典的名著である)
halfboileddoc.hatenablog.com
halfboileddoc.hatenablog.com
halfboileddoc.hatenablog.com
halfboileddoc.hatenablog.com


戦後自衛隊の問題については、あまり読んでいないが、こんなところか。
halfboileddoc.hatenablog.com
halfboileddoc.hatenablog.com

以下、個人的なノート。

日本語の「政軍関係」という言葉と「シビリアン・コントロール」は概念が異なる。
日本は戦前においても戦後においても、政府と国民と軍事組織の三者が望ましい調和的な信頼関係を構築することができなかった。

  • 戦前の日本では「軍による安全」が重視されすぎた(政治が軍に口出しできない)

 そのきっかけは西南戦争。政府軍の苦戦から、大久保以下政府高官が作戦に介入し、戦争指導に混乱をもたらした。なので参謀本部の創設と政軍の分離には当初一定の根拠があった。
また、戦前の政治システムは権力の多元性=天皇政治責任を負わせないためには、天皇に権力を行使させてはならなかった。問題は、諸機関が天皇の下で対等とされたことにある。
明治大正昭和の政治史と、対する軍部の相互関係の経緯が丁寧に説明されている。

戦後の日本では「軍からの安全」が重視されすぎた結果、「実力組織」である自衛隊は軍事組織が備えるべき機能のいくつかを奪われて、実行的な運用を行う上での障害が山積している。
戦後の自衛隊の成立と、政軍関係の経緯も詳述されている。
湾岸戦争において、日本は人的貢献の面で遅れをとったが、日本の対応は国際社会から痛烈に批判されたトラウマから、国民に自衛隊の海外派遣をタブー視するべきではないという認識の変化をもたらした。
現在の戦争では、前線と後方、戦場と非洗浄地域との境界があいまいで、戦闘行為の対象も、軍隊だけにかぎらない。
民主主義国家の軍隊は、憲法および国内法で国家機構の中で行政組織でない軍隊として明確に位置づけられなければならない。

警察は自衛権にもとづく武力の行使はできない。
自衛隊も軍隊ではないので、武力行為の行使および国内においても警察行為しかできない(法的には)。
軍法がないため、自衛隊の指揮官の戦闘行動の帰結は、一般法で訴追されるおそれがある。

イギリスでの政軍関係。
例としてインドネシアの政軍関係:発展途上国においては、民主化の移行後に軍隊が政治権力を文民政治家に戻る「民政移管」が、成功の鍵となる。

私はこの分野について、とても詳しいわけではないが、床屋政談的にしったげなことを言ったりもする。みんなそうだと思うけど。
しかしそういう素人論議においても、上記のような前提は十分に認識されていないのが、大きな問題だとは思う。

*1:Amazonでみると表紙帯はまずまずイデオロギッシュな煽り文がついているのに驚いた