半熟三昧(本とか音楽とか)

半熟ドクター(とはいえ気がつくと医師20年選手だけど)の読んだ本とか音楽とか

『暴力と不平等の経済史』

オススメ度 100点
読み切るのに大変だった度 100点

一言でいうと「搾取の歴史」というべきだろうか。
現在は格差の拡大とか、「富裕層が富を独り占めしようとしている」現象が世界の歪みとなり、テロの源泉となっている、みたいな話があるじゃないですか。

ま、実際のところ歴史を振り返ってみたらどうなの?というのがこの本の主眼。
すべての歴史を振り返って、いわゆる「不平等」の尺度を定量的に分析したもの。
ま、ピケティの r>g (資本収益率>経済成長率)に対するアンサー、みたいなもの。

  • 2015年現在世界で最も富裕な62人が下位50%(35億人)より多くの富を所有している。これらの傾向は確かに加速している。
  • しかし例えば第一次世界大戦直前のイギリスでは最も裕福な10%の世帯が私有財産の91%を所有していた。現在の格差そのものは、過去の歴史の中で際立って高いわけではない。
  • 不平等が発生するためには生存できる最低水準を超える資源(つまり余剰)が必要である。
  • 余剰が増えれば、不平等は拡大しうるし、実際に拡大する。
  • 平和裡に平等化(格差の解消)が行われたことは過去の歴史ではほとんどみられない。
  • 過去の歴史で平等化に貢献したのは、1:大量動員戦争、2:変革的革命(共産主義革命が代表)、3:国家の破綻、4:致死的伝染病などの暴力的な衝撃だった。
  • 要するに、余剰が蓄積すると不平等が拡大し、余剰を減殺するイベントが起きれば、不平等は解消する。

法則そのものは「まあそうですよね」というお話。

もちろん、各章では、この法則を証明するために(経済史というのは、自然科学のように理論の説明だけで証明は終わらない。実例を事細かに例証していくんですね…)延々と、過去の人類史の政治体制をあげつらっている。
実はこの部分が一番面白いんだけれど、その物量が延々続くので、かなりげんなりはした。

洋物の本は、簡潔な結論が初めにくる(前述したお話)。これは理解のためにはものすごく便利なんだけれど、新書とかでその結論だけ示してくれてもいいよなぁ…と思いつつ、その後の例証部分を延々読んでいくのがとても大変だった。
しかも、すんげー分量あんの。多分新書 6-7冊分くらいのボリュームがあるの!
幸いなことにKindleで読んでいると70%くらいのところで、あとがきも含めて終わる。
これは嬉しかったなあ。くそ退屈な120分の講義が90分くらいで終わった嬉しさがあった。

なのでみんな気を確かにもって読み続けていただきたい。
ちなみに残り30%は参考文献のReferenceと、用語のIndex。参考文献何個あんねん…


なぜこの本を読んだかというと、例えば、私は医療法人経営にも携わっているのだが、マクロでみた「富の分配」、つまり職員への利益分配と、経営層について、今ひとつ納得のいかないものがあったからなのだ。まあ、読んでも明確な結論には導かれなかったけれどもね。クズネッツ、ピケティ、の流れをおさえつつ、もう少しこのあたりの知的潮流は経営者としては知っておいた方がいいのかなあと思う。

ちなみに、第一次世界大戦第二次世界大戦が、富裕層に及ぼした影響は凄まじかったんだなあと思う。
戦時動員体制に資金調達する名目で、累進課税制度と高率な相続税制度が設けられた。
戦後この制度そのものは残り、戦後復興・社会保障などの財源に使われた、というのが歴史的経緯。
(それまでは、富裕層はむしろ様々な義務を抜け道で免除されており、逆累進課税とでもいっていい状態だったそうな)
戦争が終わって平和な時代になったので、累進課税制度に対し富裕層の対抗策が功を奏してきたのが1980年代以降である、ということなんだろうな。日本よりもこの傾向は世界においてあからさまなようだ。