
- 作者: 池井戸潤
- 出版社/メーカー: 小学館
- 発売日: 2018/09/28
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下町ロケット、今クール、TVでもドラマが始まったところ。
ドラマの録画をぼんやりみながら本を読むのは、割と贅沢なことであるね。
以前の日記で、
halfboileddoc.hatenablog.com 前作の「下町ロケット:ゴースト」を取り上げ、
佃工業何も進展していないけど大丈夫か?とか言っていたんですけれども。
いやー解決編とでもいうべき「ヤタガラス」があったわけですねー。
それなら納得……というか広げた風呂敷がきれいに回収され、大団円。
まあむしろ大団円すぎるところが気になった。
『半沢直樹』シリーズでも思うが、池井戸潤が完全にヒット作家になった理由はなにかとずっと考えていた。
答えはシンプルなもので、倫理小説というか、一種の宗教小説だからだ。
昔町田康が『大岡越前がなぜ人気があるかというかというと、あれは一種の宗教劇だからではないだろうか』という言及をしたことが、
10年くらい前だが、まだ僕の頭の中にひっかかっている。
TVドラマというのは、結果的にテレビマンの考える倫理感を膾炙している。
火曜サスペンスで犯人が崖の手前で長々と自白するのも「罪を犯した人間は言葉で発して悔い改めるべきだ」と思っているからだし、
医療ドラマで我々が違和感を感じるのも、医療者のそれとTVマンのそれが異なっているからだ*1。
たとえば、伊坂幸太郎の小説はあくまでプロッティングの展開によるストーリーテリングを楽しむもので、価値観・倫理観を提示するものではない*2。
池井戸潤の小説は、それとは違っていて、明確なイデオロギーのために、ストーリーがある。
半沢直樹のそれを一言で言うと『金融業は顧客のことを真に考えるべき』というものであったり、下町ロケットも『ものづくりは顧客に、そして自分の技術に誠実であるべき』というもの。
これは、江戸時代の商人道、職人道、そしてプラグマティズムの混淆したもの。
近代社会で規範とされた価値観でもあり、日本の会社組織がバブル以前にもっていた質朴な倫理規範でもある。
昭和世代にも、平成世代の皮膚感覚にも近い。
だからこそヒットするのだ。
特に、TVドラマ原作でヒットを量産するようになって、さらに、消化しやすいものになっている。
もうちょっとはっきりいうと、大衆用に偏差値を落としている。
よりヒットするために。
ゴースト〜ヤタガラス編は、正直そのイデオロギッシュな部分が、鼻につきすぎているように思われた。
作者のイデオロギーが濃厚に反映された勧善懲悪劇で、人物がストーリーのために動かされている感が強すぎる。
佃航平にも混沌とした未来の中で葛藤する経営者のリアリティが微塵も感じられない。
何しろ今はポストモダンなのである。VUCAなのである。
それでいいのか?