
作家の使命 私の戦後―山崎豊子自作を語る 作品論 (新潮文庫)
- 作者: 山崎豊子
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2011/12/24
- メディア: 文庫
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やー、最初はすごいカジュアルにだらだら読んでいましたが、この人の作品に対する取り組み方が年をおうごとに、狂気といっていいほどの執着心がかいまみられ、だれもみていないのに、ちょっと居ずまいをただしてしまう気にさせられた。気圧されてしまいますよ。
山崎豊子は、事前の下調べをものすごく必要とする書き手で、そして「これだけ苦労したんだから、これくらいの分量になって当然でしょ」というくらいに長い。
誠実といえばそうなんだけど、実際、この人の書く小説は、いちいち重い。
司馬遼太郎との考証主義とは、また少し違っているように感じられる。
ただ、現実というものを書こうとすると、それくらい重く長いものになるってことなんだろう。この人に見えている世界は、この人の書く世界のように重く湿度の高いものなのだろう。見えている世界は、丁寧に書きこまれた細密画のようなものなんだろうか。
だから山崎豊子の作品は、僕の好きなタイプの作品でもないのである。
いわゆる、現代文学にあるような、説明できない深み、はあまりない。徹底的に俗世の重さではある。
だから例えば、ポール・オースターの作品を読むのとは全く違った心構えで読むことになる。読み終わったあと、ため息はでるが、もやもやした感情を取り残されて、一週間くらい調子が狂ったりは、しない。
山崎豊子の作品は、憂き世のもろもろを細密描写している点において非常にすぐれていると思う。が、安心して読めてしまうのは確かだ。
憂き世のつらさは37にもなると大体予想の範囲内ではあるから。
でも、ここまで作者が肩入れした作品が面白くないはずがなかろう、ということで、今年はいくつかあの長編群を読んでみようと思う。
その意味で、この本、長編のプロモーションという意味で、全く成功している。