半熟三昧(本とか音楽とか)

半熟ドクター(とはいえ気がつくと医師20年選手だけど)の読んだ本とか音楽とか

建物図面『変な家』

なんとなくAmazonのオススメでオススメられていたので購入。

人間の特異な才能としては、たとえば機械的な図表を見るだけで想像力を際限なく膨らまして、ストーリーを作り上げることができるというのがある。
古くは、中東の羊飼い達が夜空を眺め、そこに星座という一大神話体系を見出した、なんていうのもある。
そんな大きい話じゃなく、時刻表をじっくりと眺めて作る鉄道トリックなんてのもある。西村京太郎とか鉄道ミステリー多いよね。

それに近いおもむきで、この作品では、建物図面から推理が始まる。
一見普通にみえる建物図面に存在する違和感。それを解き明かしていくにつれ恐ろしい現実が浮かび上がるのだった……

みたいな話。途中から少し動きはあるが、基本的には「安楽椅子探偵」よろしく図面とにらめっこで話はすすむ。

なかなかおもしろかったけども、まあこれは、答えを先に作ってから図面を作るのとはそんなに難しくはないような気がした。
ちょっとバックグラウンドのストーリーが荒唐無稽すぎるので、荒唐無稽感が先に立つ。

ついでに図面ものもう一冊。Kindle Unlimitedなので遠慮なく読める。
設計士がみたことある面白い図面、ということで15例あげられている。

これも、クスりという面白さはあれど、どちらかといえば笑うというより、嗤うって感じ。
「こんな設計、馬鹿じゃね?」ってやつなので、正直に言えば、あまりここちよい笑いではない。

以前とりあげた「クソ物件オブ・ザ・イヤー」とかのほうが、シンプルに笑える。
halfboileddoc.hatenablog.com

『ピケティ入門たった21枚の図で『21世紀の資本』は読める!』

オススメ度 100点
研究室とかの抄読会を思い出す度 100点


話題になった大作、というのを案外見ずに済ます悪い癖があります。
実は、『タイタニック』みてないしマーベルシリーズも、スター・ウォーズもエピソード4〜6ときて1,2で止まっている。
『シン・エヴァンゲリオン』もまだだ。そういや新海誠監督の『君の名は』『天気の子』もそうだ。

なんか、はてな界隈の映画評とか書評を数十サイトみていると、「別にいいか…」という気持ちになってしまうのだ。
結果、「群盲象をなでる」みたいに、ちょいちょい感想にでてくるエッジの効いた部分だけは知っているような知っていないような感じになる。

ピケティ『21世紀の資本論』も、そういう関わり方をしている。
読んでいないけれども、要諦と結論は随分前から耳にしていたし、ピケティの提唱するような国際的な累進課税制度は、世界情勢の安定のためにはむしろ望ましいのではないか、とは思っている。野放しにしていたら格差はどんどん拡大してしまうだけだから。

この本はそういう数多ある『ピケティ副読本』の一つだが、多分一番わかりやすいのじゃないかと思う。
図表だけみて、そこに簡単な解説だけつけて紹介するという、たしかに大学の抄読会ってそんな感じだった。

特に『21世紀の資本論』はr >g というシンプルだが挑戦的極まりない法則を事実やデータを羅列して実証することに紙面の多くが割かれている。
その論旨や実証については、経済と数学の素養が多分にないと楽しめない。*1

20代の自分なら無理して読んだかもしれないが、今の自分にはその論理の妙を辿る時間も精神的余剰も持ち合わせていない。

むしろ r>g という法則が明らかになっちゃった世界で、何が起こるか、が市井の一個人としては気になる。

* * *

長らく「市場原理主義」つまりマーケットに委ねることこそが正義なのだ、という考え方がグローバルでは優位だった。
全世界的に政治・経済が開放される現象の理論的なバックボーンになっていたわけだ。

しかしその結果は 『Factfullness』のような世界の保健衛生が改善されるというよい面もあるが、反面中産階級の没落と富裕層と貧困層への二極化(エレファントカーブ)は進み
「あれ?これなんか変じゃね?」となっていた。
それが「いやいや、市場に委ねていたら、r>g だから格差は絶対に拡大しちゃいますよ」ということを示しちゃったのが、ピケティ。

いわば富裕層にとって「不都合な真実」をピケティは示してしまった。

* * *

ピケティの「21世紀の資本論」以降、富裕層への富の集中を妨げようという動きはわずかながら生まれてきている。格差が拡大すると世情は不安定になるからだ。
ただ、これは今後10年〜20年でどういう風に進展するのか、ちょっとわからない。
マルクスの『資本論』は具現者としてのレーニンスターリンを生み出した。
ピケティの『21世紀の資本論』を受けて、どのようなムーブメントが生まれるのか、まだわからない。

 それによって、自分の老後の計画も、きっとかなり変わると思う。
なんとなくだけど、ある程度「ピケティ」的な考え方で再分配が行われた方が生きやすい世の中になると思う。
でもマジで累進課税 85%とかになるのはちょっと勘弁……とは思うけれども。
でも革命で吊るされたり、マッドマックスみたいな愚連隊に家を襲撃されたりするよりはましかも。

*1:相対性理論も E=mc2 という簡単極まりない法則の証明に多くが割かれているという意味では、似た構成ではある。世界を変える理論って、こういう残酷なシンプルさがあるよね。

『日本一やさしい経営の教科書ーとにかくシンプルで結果がでる画期的な経営入門書』

確かに看板に偽りなしかも。

市場が飽和し淘汰が進む介護業界で、
創業以来右肩上がりの成長を続ける会社社長の著書。
業界内外問わず、視察も多い。

・経営理念はまねしてつくる
・3年ごとに事業の柱を1本つくる
・決断は適当でいい。早いことが価値
・飲みの会多さが会社の強さ
無駄をそぎ落としたシンプルかつわかりやすい会社経営のノウハウを公開する。
株式会社武蔵野・小山昇社長推薦。

確かに、どえらくわかりやすい。この「日本一やさしい」シリーズはいろいろなものがあるが、あまりくだくだしく理論を言わず、必要なポイントを、背景の理論やスキームなどはそこそこに、結論を簡潔に言い切っている。
経営にはいろいろなスタイルがありうるわけなのだから、ここで言われているのはあくまで一つのスタイルであり、それ以外にも自分なりのスタイルというものはあってしかるべきだけど、割と万人向けの苦労譚やコツを言ってくれているこの本。
そうですね、学生でいえば、一年上の先輩が教えてくれるような雰囲気。


社員教育に多くを期待するな、とか、幹部は早く入った順でいい、とか、すごいゲンジツ的な話だとは思った。
ミスを恐れないように。ミスは経験なんだよ。とか。
新卒は、素直で明るい人を取ろう、とか、財務についてはキャッシュフローが大事なので、借りるときはきっちり借りること。

深みはないが、とにかく経営なるものをしなきゃいけなくなった人には、勇気づけられる本だと思う。
おさえなきゃいけないポイントはおさえつつ、失敗を恐れずどんどんチャレンジ!という感じで、
確かに筆者のポジティブさは、経営者に向いた資質なんだろうな、と思った。
自分はもう少し暗いし、やや臆病でもあることを反省した。

『ODD TAXI』

ちょっと前にネットで面白いという声を複数きき、Amazon Primeでも観れるようになったので、観てみた。

面白かった。
登場人物も魅力的ではあるけれども、プロットと伏線のはり方が緻密であったり、ディテールにくすりと笑わせるところも随所にあり。
(この辺はどっちかっていうと、おじさんホイホイ、サブカルホイホイとも言えるけど)
原作漫画があるわけでもないオリジナル作品だが、とてもおもしろかった。

緊急事態宣言もあと一週間だが、どうせステイホームの時間もすぐにはなくなるまい。
秋の夜長で観てみるのも一興。

それにしても、カポエイラをたしなむアルパカの白川さん、とても魅力的なキャラクターなのだが、なぜアルパカなのだろう。
すげー口臭なんだろうか。

漫画にもなっていたのでそれも買ってみた。

『手ぶらで生きる。』

わかりやすいミニマリストによる啓発本。
オルグ本といってもいいのかもしれない。

この人のおうちは昔まずまずのお金持ちで、家にはものが沢山あったんだそうだ。
その後おうちにはお金がなくなり、紆余曲折あり、この人はミニマリストになった。

ミニマリスト的な生き方は、人生の優先順位を自覚的に選んで、常識にとらわれなければ、たしかに論理的な帰結としてミニマリストになるかもしれない。結論としての完成体をみると「うげっ、そんなの無理」とか思ってしまうけど、この本では、どうしてミニマリストになるのか、というプロセスの思考が延々と述べられているので、一通り読んでしまうと「うーん、なるほど」と思ってしまう。

・ベッドなし・冷蔵庫なしの生活
 冷蔵庫なしというのは、なんとなく買い切りでロスがでないので合理的だなとも思うけれども、ベッドなしにはいささか驚いた。
 しかし僕も割と床で寝ることも多いので、これはまあわかるといえばわかる。
 キャンプ系動画とかをよく見るために、全くの床じゃなくて、コットとか買ってもいいのかもしれない、と最近は思う。
 当直も、ひょっとしたらコットで寝たほうが安眠できるかも。

・ものよりも「時間」にお金をかける
・買い物の出口戦略「売る」「譲る」「使い切る」
 このへんは、物を減らす生活をするのであれば、当然こういう考え方を優先することになると思う。


「自立とは、依存先を増やすこと、希望は、絶望をわかちあうこと」。ものは減らすけど、その分「形のない」人間関係などの社会資本を増やしていこうと努めるというのは、よりリスクの少ない生き方であるかもしれない。

 逼塞している孤独老人がものに埋もれてゴミ屋敷化するのを見ると、たしかにアクティビティはモノの少なさと相関するのかもしれない。
 逆に、ミニマリストの極致までものを減らすには、相当な社会資本をバックグラウンドに持ち、アクティビティを高める必要がありそうだ。
 それができる人はそう多くはない。
 だから、多くの一般家庭は常識的な均衡点なんだろうと思う。一方にミニマリストがおり、その対極にゴミ屋敷があるんだろうな。

『日本人が知らないトランプ後の世界を本当に動かす人たち』

あちゃあ、もう9月だよ。どんどん思索の時間が減っているような気がする。

トランプ政権というのは一体なんだったのか。
そして民主党政権とは、なんなのか。という本。

アメリカの政治とカネの話
アメリカの貧困と政治分断の話
アメリカ株自社買いのシステム

アメリカに住んでいない僕には、肌感覚でこれを知ることはなかなか難しい。
ただ、アメリカのリベラル・グローバル層というのは、いわゆる昭和日本の「リベラル」という名の社会主義志向の平等主義ではなくて、能力主義による格差社会だったりする。

バイデンが軍産複合体やニュー・エコノミーの傀儡というのは、多分そうだと思う。
バイデンってずっと政治の表舞台にいて、一顧だにされないまま、大統領になれなかった人物だったわけで、このタイミングで大統領になるんか、と僕も思った。キーパーソンはそういう意味でハリス副大統領なんでしょうね。

例えば僕たちが子供の頃、ジャパンアズナンバーワンなんてイキってた頃は「英語には敬語がない」なんて馬鹿なことを平気でのたまっていた。
そりゃ占領軍に「日本人12歳」なんて言われてしまうわなあ。*1

なかなかおもしろい話なのだが、コロナで世情がここまでドタバタしていて、世の中が想像以上の展開をみせると、どんな裏事情を開陳させられても、今ひとつ咀嚼しにくいのが現実。
それにしても、バリバリの経済畑の人間が語ることが、陰謀論に聞こえてしまうのは、やはり世の中には表と裏がある、ということなんでしょうなあ。

現実はいろんな視点を組み合わせて足し合わせて見えてくると思うので、ちょっとこの本僕咀嚼しきれてないように思います。

*1:実際はアメリカの方が組織になると強いし、日本のほうが個人主義じゃないかと感じることも多い。またボスの意向がよりダイレクトに反映されるので敬語、というのではないがごますり方はアメリカの方が洗練を要求される

蛭子能収『地獄に堕ちた教師ども』

最近なんかのTVかYoutubeの番組で、認知症になっちゃった蛭子さん、を目の当たりにした。
一見して「おお…」と思ったけれど、よく考えたら「現役」の頃のTV番組で使われる蛭子さんと、明らかに違うかといえば、そうともいえない。
もともと蛭子さんは適当な応対とへらへらした笑顔が持ち味のTVのコンテクストに収まらない「異物」扱いだったわけだし。
いわば若くして「老人力」の象徴のようなキャラクターだったわけだ。*1
だから、認知症になって、昔以上に要領を得ない応対を繰り返し、わからないことはヘラヘラしてごまかしている蛭子さんというのは、キャラクターの定向進化というか、先鋭化させただけにも思える。
ただシンプルに笑いを誘うだけではなく、年齢による衰えというペーソスを加えると、視聴者にはむしろ複雑な陰翳を与える。
ゆえに、これはこれで需要はあるかもしれない。*2

そんな蛭子さんが、TVにでる前。何もしなくても許される「芸能人」に成りあがる前、プロダクトを作っていたころの本。
処女作だそうだ。
Kindleにはないので*3、本で買った。

……なんじゃこれ……
山野一の救いのない芸風にさらにナンセンスをまぶしたような毒全開の、世の中に恨みを撒き散らしているようなプロットと絵。
これって、ギャグ漫画なの?

色々な価値観が無害化・非暴力化した今では、ややどぎついほどの文脈のない暴力。
これはこれで時代の考証なのかもしれない……
メタ的な笑いはともかく、さすがに人には勧められないやつだなあ。
この本を置いた本棚の一角が、やや禍々しいオーラをまとってしまうので、本棚に美しいものしか置かない人には要注意*4


www.youtube.com

蛭子さんが、Youtubeによくわからないままでて、結局よくわからない回。大変おもしろい。

*1:ベクトルは違うが笠智衆と同じかもしれない。ただ、笠智衆は「上品なおじいさん」枠、蛭子さんは「ちょっとやばいおじいちゃん」枠だったんだと思う。

*2:ただ、TV的にアウトな発言を回避できないがゆえに、使いにくいだろう

*3:倫理コードにふれるのだろうか

*4:もちろんそんな人はこんなの買わないだろうが