半熟三昧(本とか音楽とか)

半熟ドクター(とはいえ気がつくと医師20年選手だけど)の読んだ本とか音楽とか

『アルコール依存の人はなぜ大事なときに飲んでしまうのか』

オススメ度 90点
ちょっと時事ネタ古かった度 90点

アルコール依存の人はなぜ大事なときに飲んでしまうのか

アルコール依存の人はなぜ大事なときに飲んでしまうのか

肝臓内科医・アルコール依存症の治療研修を受け、アルコール依存の人を日常的に診ている。

肝臓内科医はアルコール性肝硬変は、必ず診療しているのだが、喜んで診療している人はあまり多くはない。
なんなら、来てほしくないな、とさえ思っている人が多い。

また、患者さんの方も、病院に行きたがらない。自分が飲みすぎていることは薄々感づいているのである。
「行ったら怒られるんだろうな……」と思っている。
誰が好き好んで病院に行って怒られたいだろうか。
だから潜在患者に比べて、病院にかかっている患者数は極端に少ない。

要するに病識がなく、問題意識も少ない。病院に行きたがらない。
そういう疾患特性なのだ。

一般向けに、アルコール依存症の人の考え方や行動パターンを書いている本。
すごくわかりやすい。
いきなり冒頭で、残念ながら逝去された中川昭一さんの行動を例にとりあげ、アルコール依存症の行動や考え方を紹介している。
とてもわかりやすいが、10年前の話(刊行されたのは2011年)なので、今読むと時事性はやや薄いが。
以下、備忘録。

  • ここぞという勝負どころで、リラックスするためにアルコールを飲む、というのがアルコール依存症の特徴。普通はアルコールを飲む、という選択肢は思いつかない。アルコール依存症の人はアルコールを飲むことで緊張や不安を和らげようとする。
  • 飲酒によるブラックアウトの状態
  • 夜中に強い酒を飲む、というのも依存の人にしばしば見られる特徴
  • アルコール依存の人は睡眠薬や風邪薬などにも依存しやすい
  • イネイブラー:なんとかアルコールをやめさせたいという思いと、本人がしたことの後始末をして、結局はそのことによって本人がアルコールを飲み続けられる環境を整えてしまう人
  • アルコール依存の治療の第一歩は「自分にはアルコールの問題がある」と認めるところから始まる
  • 悪質な飲酒運転の4割はアルコール依存が原因といっても過言ではない
  • 連続飲酒発作・「否認」・スリップ・「ベティ・フォード・センター」

一般向けの話ではあるが、丁寧な解説で、読みやすい。
学術としても全く異存がなくて、一般医家向けとしてもかなり参考になることが多いと思いました。
アルコール診療普段しない先生とか、ナースとか、専門でやるつもりはなくても、ちょっと知っておきたいな、という人はさらりと読むのにはいいのではないかと思う。もちろん身内がアルコールに困っている人にとってもすごく有用。なんせ、潜在患者500万人に対して、受診している依存症患者さんは10万人程度。一般向けのこういう本はすごく重要なのである。

『夜の歌』なかにし礼

オススメ度 100点
地獄っぷり度 100点

夜の歌

夜の歌

「孤独になることよ。才能というのものは、絶対に俗世間には転がっていないものです。才能が欲しいなら、その才能にふさわしい魔物になるしかないのです」


同じ地域のジャズマン(三輪酒造の三輪さん。お酒好きな方には、神石の銘酒「神雷」の蔵元といえばわかりやすいでしょうか)がFacebookで言及していたので読んでみた。
shinrai-1716.com

ダンテ「神曲」をどことなく連想させる導入部と暗転。
ただし、移動してゆくのは地獄ではなく、筆者の幼少期や青年期の追体験
TBSのプロデューサー久世光彦氏に「影を売った男」と喝破された、なかにし礼のバックグラウンド・ストーリーを掘り下げてゆく自伝小説。

満州からの引き揚げ・避難生活の価値転倒のショック、避難民の収容所に女性を求めにくるソ連兵。集団の中から人身御供として差し出され輪姦される女性。父の自殺に近いような行動、特殊任務を帯びた室田氏と母の恋愛。引き揚げ者に特有の虚無感と社会に対する潜在的な不信感が醸成されるのも無理はない。戦争の波頭に翻弄されるというのは、こういうことか。

ただ、小説を読み進んで、平和な世の中で、成功したあとにやってくる地獄の方が凄惨だ。
なかにし礼氏が成功者となったあと、実兄にたかられるくだりの方が、人生の試練としては厳しいと思った。

戦争もひどいけど、まあみんなひどい目にあっているわけだし。
成功者として富をなし、華やかな芸能界に身をおいた生活に地獄のような底なし沼がある方が、より凄惨ではないか。

* * *

昭和の歌謡界には、今の音楽業界とは違って、まだ戦争の爪痕が残っていたし、ヤクザとか闇社会とのつながりも多分にある魑魅魍魎の世界だったんだろう。合掌、合掌……

というか、
なかにし礼って、まだ生きてるんだ!
というのが、読後の感想。

いや不謹慎で失礼。
日本芸能史の歴史上の人物なので、もうとっくに鬼籍に入っていたのだと思っていた。*1

ズシンと腹にくる小説でした。

*1:多分阿久悠と混同していたのだと思う

『心理学的経営』大沢武志

オススメ度100点
一世代前の本なのに!度 100点

心理学的経営 個をあるがままに生かす

心理学的経営 個をあるがままに生かす

ちょっと前に、心理学の、エニアグラム9、9タイプ分類の本を取り上げたりはしたけれど、
halfboileddoc.hatenablog.com

企業内のチームビルディングに、やはりこういう心理学的なアプローチはとても大事。
なぜなら、離職原因の上位には「職場での人間関係」というのが必ず入ってくるから。

この本は、この手のアプローチでは古典的とでもいえる本。なんと刊行は1993年。
現在就職活動に必須のSPIとかの生みの親らしいぞ。
リクルートの人事担当の、多分伝説的な人。

その人の「知る人ぞ知る名著」がKindleでもみられるようになった。
で、ネットのビジネス書紹介みたいなやつでも話題になっていたので、読んでみたわけだ。

* * *

うん、なにこれ。一世代前なのに、今でも通用する正しいことが書かれていてびっくりする。
1993年刊行だから、阪神大震災の少し前だよね。バブル崩壊から、世の中の実学思考への回帰を反映してか、心理学を経営に敷衍するという話はそのころはほとんど省みられることがなかったためか、理論的な背景への紹介がやや多い気はしたが、その分説得力がある。

内容はかなり広範囲に渡る。
今ならそれぞれの章が一冊の本で成立すると思う。
具体的なツールとしてはMTBIを使っているようだ。この辺りが、のちのSPIのPersonality Testに繋がっている可能性はある。

以下、備忘録。
・人間は機械のようにはいかない。
「命令系統統一の原則」は人間の場合はノイズとしての情緒や感情を基底にもつところにその本質があるわけだから、効率性と合理性をつきつめると、人間の重要な一側面を無視していないか。
・「組織風土」は無意識層として時を経ても引き継がれ、行動を支配し続ける性質のものである。
・人々を仕事に駆り立てるものは何か?(動機付け理論の紹介)
・若者を仕事に駆り立てる3条件。「自己有能性」「自己決定性」「社会的承認性」
ホーソン実験の意味するものは何か?
・集団の中でのメンバーの行動をより強く規定しているのは、経済的報酬に対する動機付けではなく、帰属する集団の中で容認された規範に従うという社会的要因
・集団力学・集団規範、自律的小集団の重要性
・日本的人事の欧米との差異は何か?(「手」を雇う欧米型と「人」を雇う日本型人事)
・企業内評価の二次元。軸は「使用価値」「存在価値」
・企業人適正の側面を「職務適応」「職場適応」「自己適応」という三つの場面との関係性において捉える考え方を提唱。

企業人事を考えるのであれば、やはり一度は目を通さないといけない本ではないかと思った。
あと、自分の組織の中で、こういう共通言語をどれだけ持ちうるか、ということも。

1993年に刊行されたとは思えない、古さを感じさせない本であるとは言っておこう。
逆に、今「心理を人事に活かせないものか…」とか思っている自分とか、全然勉強不足やん、とは思った。
自転車の再発明!

それと、こういうことを踏まえても、いわゆるブラック企業とか、昭和の大企業での働き方は、総じて改革されなかった、という事実も覚えておかなければなるまい。

小ネタ集

色々溜まっているので、適当にこっちに挙げておきます。

『アトム・ザ・ビギニング9』

手塚治虫原作、手塚眞ゆうきまさみアドバイザーでカサハラテツロー作画。
ていねいに描かれているといえばそうだが、どこに着地するのやら。
浦沢直樹Pluto』で、このパターンは一旦認知されているからねぇ…

てぃーろんたろん 一連の著作集

顔がない女の子: 座坊町一丁目

顔がない女の子: 座坊町一丁目

 WebとかTwitterとかで時折Retweetされているので知った。
 独特の語り口。画風も、下手でもなく、立体感がないわけもなく。
 女の子のパーツのはしばしから醸し出される色気(口さがなくいってしまえば、男の発情ポイント)の描写がうまい。

さよなら身体

さよなら身体

さよなら身体

この前『ホムンクルス』『殺し屋イチ』絡みでひっかかってきたやつ。
ギミックはいかにも山本英夫的ではあるけど、
若くして癌で死ぬる無念感と、送り出す家族の諦念と覚悟というのが、間接的に伝わる。

『サ道2』

サウナブームを牽引する漫画。まだまだ続きそう。
僕もサウナやってみようかなー、と思わせる作品。
あ、「ととのったァ!」はリアルでも使ってますよ。サウナ行かないけど。

進撃の巨人29』

思った以上に構築的なストーリーテリング
すごいなあこの人。伏線の回収までの尺の長さがすごい。
でも一巻がでるごとに今までのやつを全部読み直すのはけっこう厳しい…

めしばな刑事タチバナ34』

安定したマンネリズムを発揮。そろそろ誰かが結婚したりしないかと思うのだが。

『サターンリターン』鳥飼茜

浅野いにおと結婚を公表した鳥飼女史。
夫婦合わせた漫画力、1000万超人パワーだな!

壇蜜日記ゼロ』

日記少し、対談少し、グラビア少し。
いうなれば、壇蜜のスターターパックみたいなやつ。
僕は結局壇蜜日記4くらいまで読んだところで止まっているかな。

援助交際撲滅運動』

殺し屋イチまとめ買いのあと、Amazonの趣味志向に加わったので、「おまえこんなん好きちゃうの?」という感じですすめられたやつ。
うーん。
テレクラとか、すごい時代を感じさせるのと、こしばてつやの初期ということで、ややデッサンが崩れた黒ギャルというところが、なんともエロ本感あり。
映画?DVDにもなってるんだ… エロはいつの時代も強いねえ…

『フルーツ宅配便』

郊外での人妻系デリヘルの話。一言で言ってしまうと。
直接的なエロ描写は全くない。裸婦すらでてこないけど題材はエロ。
エロの周辺にある悲喜劇もろもろ、金銭トラブルとか、愛憎とか、そういうの。
人情話にもならないし、淡々といい話やいやな話が出てゆく様が、なんかすげえリアル。
読んでも全然エッチな気分にもならないし、満足感もない。なんかずしんと腹にくるやつ。

「すごいジャズには理由がある」岡田暁生,フィリップ・ストレンジ

オススメ度100点
動画もご一緒に!度 100点

すごいジャズには理由(ワケ)がある──音楽学者とジャズ・ピアニストの対話

すごいジャズには理由(ワケ)がある──音楽学者とジャズ・ピアニストの対話

クラシックの専門家岡田暁生氏がフィリップ・ストレンジのところにレッスンに通っていろいろ面白かったので対談記事を作ってみた、という本。Youtubeにもこの本の内容の動画が挙げられている。興味があればまずそちらをみてもらえばいいと思う。

第1章「アート・テイタム」前篇〜『すごいジャズには理由(ワケ)がある』

僕もまず動画を観てから本を買ったのだが、動画だけだとつらっと過ぎてしまうようなところも、本だと理解しやすい。
反対に、本だけだとわかりにくい部分も、動画で、フィリップ・ストレンジ氏の実演が付いていると理解しやすい。
Youtubeと本とメディアミックスすると最も楽しめると思う。

私はアマチュアのジャズ活動をしているのでこういうジャズのスタイルについては比較的詳しい方だと思うが、それでも、フィリップストレンジ氏が、このスタイルはこういう感じで、とか紹介しているのはすごくためになった。
また、時代を切り開くようなジャズ・ジャイアントがどういうことを考えてアドリブや、サウンドを作っているか、ということも。

30年来、ジャズ・トロンボーンというのをやっているが、一つできることが増えると、五つくらい新しくやらなきゃいけないものが見えるのがジャズだ。特に6年前からピアノを始めてジャズピアノじみたこともやるのであるが、これがまたヤバい。フロントだけだったら、簡単に済ませていたものも、コード楽器のやり口というか、演奏の味付け、起承転結、フレージング、ボイシングには無限の可能性がある。

でもこの本を見て、自分に足りない部分がまだまだあることに気付かされた。アドリブ・フレージングの時の展開やボイシングの展開など。
一生かけてもここはもうたどり着けない場所なんだなあ…と嘆息する。

 ただまあ自分の立ち位置というのも少しわかった。
 ジャズでは、スウィートな音楽がはやる時代と、Biting(どちらかというとゴツゴツとした前衛的)な音楽の流行が交互にやってくる、という話。自分は紛れもなく、スウィートで破綻のないスムースな音楽が好きで、それに共感できるということだ。トロンボーンという楽器の特性もあるけれども、アバンギャルドな音楽よりも、よくできた精密機械のような音楽が好きなんだ。それは上下や貴賎があるわけではなく、ただそうである、ということになる。

まあしかし、動画と本と合わせて楽しめる。ジャズの知識がない方でも特に動画は特にわかりやすい。
入門編から中級編の間くらいに一度見ておけば、すげー理解しやすいと思う。

『前略 雲の上より』1〜5

オススメ度 80点
いろいろ空港行きたくなる度 100点

前略 雲の上より コミック 1-5巻セット

前略 雲の上より コミック 1-5巻セット

ハハハ。失笑。

鉄道マニア、というのはわりと知られた存在であるが、それの飛行機版、飛行場・飛行機マニアというのは一定数いる(僕があまり飛行機を使わないから、そんなに出会うことはないわけですけれども)
まあまあ意識高い系の若手サラリーマン(出張族)が、上司の飛行機・飛行場マニアに巻き込まれ、だんだんと「空ちゃん」にそめられていくのを描いた漫画。

僕は実はそんなに飛行場を使わない。国内出張、それもほとんどが東京なので、新幹線ばっかり。
これは、自宅も勤務地も福山駅から近くて便利だから。なんなら病院から駅まではタクシーならワンメーター。歩いていける距離。
だから、東京に行く、というと、Door to Doorで新幹線が楽なのである。

そうはいっても、それなりには飛行機も使う。
なので紹介されている空港も、楽しく読むことができた。
途中からは鉄道マニアの別部署の課長などもでてきて、張り合う様などで、漫画にテンポもでてきてなおさら面白かった。

それにしても以前ANAの名物機長(風景や感想などを、機長の放送の時に朗々と披露する)の講演を聴いた時は衝撃だったな。
今まであれよりもインパクトのある講演はなかった。〜

新版世界一のココロの翼を目指した“名物機長

新版世界一のココロの翼を目指した“名物機長"のおもてなし

『フリーズする脳〜思考が止まる、言葉に詰まる』

オススメ度 100点
非医療者向けで、エビデンスは書かれていないのは気になる度 80点

フリーズする脳 思考が止まる、言葉に詰まる (生活人新書)

フリーズする脳 思考が止まる、言葉に詰まる (生活人新書)

うーん、身につまされたな。
突然言葉がでなくなる、何かを言おうとして、詰まってしまう、みたいな現象、壮年にはそれなりにあると思うけれども、それってヤバイですよ!という本。

認知症のごく初期の、脳機能が低下している状態の段階について書いた本。
著者は脳外科の先生。
いわゆるエビデンスばっちりで書かれたものではないが、実体験、実臨床に基づいた生々しさがあるし、実際私も思い当たる節はある。

一部紹介すると、

  • 環境の中に脳をボケさせる要因がある
  • 以前自分の脳を使ってやっていたことをすこしずつやらなくなり、使わない筋肉が衰えるように、脳の機能も低下していってしまいます。脳というのは基本的に怠け者であり、楽をしたがるようにできているから
  • 前頭葉の機能が低下してくると話や行動が反射的・パターン的になる。
  • 「新しく組み立てていく部分」が少なくなると、パターン的に処理している。職人的な仕事だけでなく、一見高度な組み立てを求められるようなお仕事でも、問題解決に至るまでの思考プロセスが反射的・パターン的であると、それは前頭葉を使っていないため、とっさの対応力が落ちる。
  • 普段の生活でも同じことしかしない、気心の知れた人としか話さない生活は、新しく思考を組み立てる力はどうしても落ちる。
  • 立場が上がって、より大きな仕事を任されたからといって、より思考的になるとは限らない。
  • 上司になると面倒なことを部下に任せ反射的なパターン的な組み立てで対応できる世界に逃げ込んでいくことがある。
  • 働き盛りの人がボケていく時に多いのは、何もしていないような場合ではなく、何か一つのことをやりすぎている場合です。
  • 知識は消費するものではなく、一旦覚えるようにしないと、脳をつかわない。思い出せないと、ひらめかない。最近のインターネットは、思い出す努力なしで知識を引き出せるのでよくない。
  • クリエイティブな能力は脳機能の総合力。専念していると、発想できない。

要するに、認知症と言われるような年齢ではない人でも、業務範囲が狭く、広がりがないような仕事をしている人は、脳の使い方が偏っているので、そういうのが常態化していると、認知症になりやすいんちゃう?という話。
言語能力も低い若い人が、うちの職場にもいるが(男性)、若くても、その後、前認知症段階にいくんだろうな…と思う。

ついこの前、「できないことを楽しむ」というブログを書いたが、それはやっぱり正しいということだな、と思った。
hanjukudoctor.hatenablog.com

脳の使い方として上手な具体例など、ノウハウについてもいろいろ書いてあるのがいい。